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「動かないでくれよ? 」


そう小さくつぶやきながら、Riot実行部隊第4班班長、大田邦久は白いカードを掲げる。
真っ黒な戦闘服に身を包み、ヘルメットを少し深めに被った大田は、
必要最低限の動きで柳原広志と谷津由布子に白いカードを読ませた。
羽交い絞めにされ、口を実行部隊員にふさがれたまま、広志は足だけをバタつかせる。
苦しそうにもがくその目はカードを見てはいない。


大田は由布子の様子を伺う。
信じられないといった顔のまま、体を硬直させていた。
広志はパニックだった。
突然、背後に気配がしたと思った瞬間、
あっという間に体の自由を奪われた。
抵抗する暇すらなかった。
同時に由布子も体の自由を奪われた。
目に移るのはまるで映画にでも出てきそうな、
いわゆる特殊部隊を連想させる真っ黒な男たち。
体中には様々な武器や無線のようなものが見えた。
人目で軍人とわかるその風体は広志に死を連想させた。


なぜ? 


という言葉が頭を駆け巡り、広志は冷静な判断力を失う。


無理もない。


と大田は思う。


自分も同じ状況ならば恐怖で事態の理解など簡単にはできないだろうと。
いつまでも抵抗の意思を見せ続ける広志を黙らせるため、
大田はワークパンツの腿に挿してあるアーミーナイフを抜く。
刃渡り25センチ弱の大型ナイフはよく手入れされていることを証明するように、
どんよりとしたわずかな光のなかでも鈍く光る。
そしてその刃を広志に見せつけながらゆっくりとその頬へ当てた。
次に、カードを持ったままの右手の指をゆっくりと自分の唇の前で立てる。
広志は頬に当たられたナイフを、首を動かさずに目線だけで確認する。


そして、ようやくばたつかせていた手足を止めた。


それを確認した大田は広志の頬からナイフをはがし、
由布子の目の前に差し出す。
ゆっくりと角度を変え、ナイフがよく研がれていることを示す。


二人の動きが止まる。


大田はふうと一息つくと改めてカードを掲げた。
二人の目がカードに釘付けとなり、次の瞬間にお互いの顔を見合わせた。
大田はさらにカードをめくり再び二人の前に掲げる。
やはり二人の視線はカードに注がれ、再び顔を見合わせる。
驚きと期待の入り混じった視線を大田に投げかけた時点で、
羽交い絞めにしていた実行部隊がすばやく鮮やかな手さばきで首輪を除去する。
同時に大田は自分の携帯しているソーコムを空に向け放った。
パンっという乾いた破裂音を二つ、空へ投げつけた瞬間に、首輪はかしゃんと二人の首から落ちる。
大田はすばやく自分のマスクをずらし、二人にはじめてはっきりと顔を見せた。
切れ長の目元は鋭く光るが、口元はにやりと歪んでいる。


「お迎えにあがりました。王子様とお姫様」


広志も由布子も言葉を発することができないまま、呆然と大田の顔を見つめていた。


「きちんと筋道追って説明したいところなんだけど――
あ、声出してもいいよ。首輪外したから。
まぁ、そのなんだ。俺たちはプログラムを妨害したい。
だから二人をこのプログラムから強制的に連れ出す。
君たちは俺たちRiotに保護される。


つまり、君ら二人はこんな馬鹿げたくそみたいなゲームから逃げ出せる。
俺たちは憎き政府のくそプログラムを妨害できる。
お互いにいいこと尽くめと言う訳。
理解しろとは言わない、説明はあとでゆっくりしよう。
これから、この富士から逃げ出す。政府に見つからないようにこっそりとね。
だから、俺たちの指示に従ってついてきて欲しい。できる? 」


広志は由布子へ視線を向ける。
やはり由布子も同じように広志へ視線を向ける。
答えなどはじめから決まっていた。
二入はお互いの目を見つめたまま頷き、大田へ向き直った後再び頷いた。


不安がないわけではなかった。


これが政府の罠だったとしたら、とも考えた。
しかし、それはまったく筋が通らない。
政府は生徒同士の殺し合いが目的なわけで、広志と由布子を試す必要などないのだ。
よくできた箱庭に生徒を放し、殺し合いを強要し、その経過と結果をデータとして残したいのだ。
もちろんその本当の目的が国民に対する牽制であることまではわかってはいなかったが。


混乱した頭のなかで、これが冗談ではないことだけは確かだと確信していた。
手馴れた動きと迅速な行動を見れば、目の前の黒尽くめの男たちが只者でないことも理解できた。
一か八か、そんな言葉が広志の背中を押していた。


大田はインカムのマイクをオンにし、結果を報告する。


「こちら、マルゴー。柳原、谷津両名を確保。離脱します」


「ガッ―こちら、通信。確保了解。変更なし。以上――」


「変更なし了解」


由布子はそっと広志の手を握る。
広志は少し驚いた様子で由布子へ向き直る。
由布子がそっと呟く。


「だ、大丈夫なん…だよね? 」


「え?…あぁ…わかんねーけど…」


「助けてくれるって――事だよね? 」


「そう…いうことだろ? 」


大田がそのやりとりに気づいて口を挟む。


「助ける。そのためにここにいる。大丈夫。俺たちは政府の敵だ」


「は…はい」


「怖いのはわかるけど、とりあえず立とうか? あまり時間の余裕はないからさ」


そう言われて初めて、広志も由布子も自分たちが座ったままだということに気づいた。
そして慌てて立ち上がる。由布子は手を離さなかった。
広志も離すつもりはなかった。
手をつないだまま何をしたらいいのかわからずに、ただ突っ立っていた。


「さて――」


大田が他の部隊員に目配せをする。


「大脱走のはじまりはじまりー。――― 」




 


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