秋吉栄介は変電所へ向かう。
極限までに高まった怒りは一見、落ち着いたかのように見えた。
しかし、当然それは消えることなくむしろ、より強さを増していた。
憎しみと憤り。
その両方を肩に担ぎ、胸に罪の意識を抱え込んでいた。
インカムからは終止、栄介に呼びかける声と、脅迫の声、栄介を捕らえるための指示が飛び交っている。
振り出した雨は、まるで千春を弔うように静かにその雨音を響かせていた。
千春が息を引き取った――いや、命をむしりとられた金網からゆっくり歩き、五分。
すぐに高くそびえる鉄塔が見えた。
どんよりとした雨雲に突き刺さりそうにまっすぐに立つ鉄塔は、あくまでも無表情にそびえる。
栄介には何も語りかけはしなかった。
外周を回りながらゆっくりと近づく。
正面ゲートだけ低く作られたフェンスが見え始めた。
栄介は以前、訓練でこの施設を警備したことがある。
建物の施設に関しては予備知識があった。
フェンスにたどり着くとそっと手を添える。
かしゃんと嫌な音が響く。
千春の断末魔のあの顔が脳裏をよぎる。
とっさに目をつぶるが、網膜が焼き付けているのか鮮明にその光景が映し出された。
軽い吐き気のようなものが栄介を襲う。
頭を締め付けるような鋭い頭痛が走る。
体がよろけそうになるのをフェンスにかけた手で支え、首を軽く振った。
軽く息を吐き、気持ちを切り替えてゲートの先を見る。
その視線の先に肉の塊が見えた。
ピンク色の物体が二つ。
雨の視界のせいかはっきりとは確認できない。
フェンスにかけた手をさらに高い位置に移し、ぐいと体を引き寄せながら地を蹴る。
勢いよく、フェンスを越え、敷地内へ入った。
着地の瞬間にいくらか水が跳ねた。
栄介はゆっくりと二つの肉片らしきものへ近づく。
足が止まる。
死体だった。
しかもただの死体ではなく、その体は無残にも、何度も何度も切り刻まれ、切断され、その原型をとどめてはいなかった。
異常者――。
栄介の頭に千春の命を奪った、気の狂った男子生徒の顔が浮かぶ。
再びこみ上げる怒りを感じながら、その死体を視界に入れぬよう注意し、進む。
変電設備のある機械棟の前に立つ。
開いてなどいないだろうと思いながらもドアノブを回した。
当然がしゃんと音を立てたきり、扉は奥にも手前にも動かない。
栄介は手早くワークパンツのベルトに引っ掛けられている手榴弾を取り出す。
手馴れた手つきでリュックからワイアも取り出し、片方を口にくわえ引き伸ばす。
伸ばしたワイアを手榴弾に巻きつけ、ワイアをさらに伸ばす。
そのワイアをドアノブに器用に巻きつけ、手榴弾をくくりつけた。
さらに長く伸ばしたワイアを手に持ったまま、ゆっくりとその場を離れる。
ワイアの先は手榴弾のピンに巻きついている。
5メートル離れた距離で栄介は機械棟を壁伝いに折れる。
体をすっぽりと隠し、一気にワイアを引き寄せた。
ピィンと金属音が響き、セーフティレバーが外れる。
5秒後、すさまじい衝撃音が響く。
金属がぶつかりあう甲高い音と、破裂音。
栄介の耳はしばらく耳鳴りに支配された。
耳鳴りが収まった栄介は、ワイアを捨てるとライフルを腰に構えドアの位置へ走る。
ドアノブは計算どおりにぽっきりと折れ、地面に転がっていた。
片足でドアを蹴り飛ばし、中へ入る。
もう、癖になってしまった動きですばやく建物内のいたるところに照準を合わせる。
当然、誰もいない。
それを確認すると息つく間もなく奥へ進む、そしてすぐに見つけた。
外からの電気を電圧調整し、外へ流すための配電盤を。
つまりは、この配電盤を破壊すれば一時的にとはいえ会場内の電気を止めることができる。
現在のプログラムはすべてコンピュータによりオートメーション化されている。
もちろん、本部に簡易の自家発電はあるがそれもそれほど長くは持たない。
持って…10時間が関の山だろう。
プログラムを継続するためには安定した電力が不可欠で、この配電盤がそれを維持している。
簡単なことなのだ。
プログラムを実行不能にするくらい。
配電盤を破壊してしまえば政府は残された自家発電で生徒全ての首輪を爆破し、このプログラムを破棄するだろう。
そして、栄介は妹と永遠にこの地で眠ろうと考えていた。
自らその命を絶とうと。
それが栄介に出来る千春への最後の事だった。
「大丈夫…一人には…させないから。今度は、お兄ちゃん…ついててやるから…」
栄介の指が引き金にかかる。
照準は配電盤。