「何? 」
堀田篤は部下の報告で思わず声をあげた。
手にもっていたコーヒー入りの紙コップを乱暴にデスクに叩きつけ、部下を睨む。
「もう一度、ご報告します! 西山間部エリア、第3班より入電っ! 不審者を発見との事です」
部下の兵士は最敬礼のまま高らかにそう叫ぶ。
まるで宣誓でもしているかのように。
直立不動。
目線はやや上。
「不審者? 」
堀田は椅子をくるりと回転させ、その部下と正対する。
「はっ! 黒尽くめで武装している模様。驚くことに会場外で発見されていますが、3組の生徒らしき姿も確認されていますっ! 」
「はっ。寝言か? 生徒が会場外――
「副指揮官! 」
部下の肩越しに堀田を呼ぶ声が聞こえた。
緊迫した響き。
堀田は立ち上がる。
「なんだ? 」
「再起動完了したのですが・・・」
「だから、なんだ? 」
「数名の首輪の反応が―――ありません」
堀田の目が見開かれる。空気がぴぃんと張り詰めていく。
まさか―――
堀田の脳裏に、"アレ"が浮かぶ。
このプログラムへの配属が決まった当初、読まされた資料。
ひとつはおおまかな実施要項や具体的な資料をまとめたもの。
もうひとつが"アレ"だ。
二冊の冊子。
ひとつは4年前に行われた香川県城岩中プログラムの資料。
生徒数名のハッキングや、首輪はずしの詳細。
そしてその防止策。
もうひとつが、7年前に行われた神奈川県南浜中学プログラムの資料。
その表紙には真っ赤な太字で"国家最高機密書類につき複製禁止"と書かれていた。
やはりそれも城岩中同様プログラムの失敗例であったが、城岩中学との違いは
―――外部からの干渉。
堀田は目の前の部下を押しのけて、メインモニタへ走る。
「もう一度説明しろ」
部下は「はっ! 」と威勢のよい返事をし、すばやくメインモニタを指差す。
メインモニタに大きなマップと数点のドットが光る。
そして右にフレームを区切るように全生徒のステータスが表示されていた。
そのほとんどが赤いフォントで"死亡"とされていたが、6人の生徒のステータスだけ黄色のフォントで"不明"と表示されていた。
通信技師らしい兵士が説明をはじめる。
「すべての生徒の首輪は死亡後も常にデータを送信しつづけます。"死んでいる"という。当然、一定の間隔に留められますがその反応が返ってこない場合に"不明"と表示されます。それともうひとつ、不審な点が。この井上慶の位置ですが、再起動以前は1km程度はなれたエリアにいました。私ともう一人が目視し、確認しています。死亡している生徒が1km以上の移動を、この短時間では・・・考えられません」
堀田はしばらく考えをめぐらせたあとに口を開く。
「おい、この6人の死亡時のデータは残ってないのか? 」
「すいません、なにぶん突然だったものでバックアップはありません」
「音声監視は? 」
「記憶だけの話になりますが」
「それでいい」
すばやく音声担当の兵士が数枚の紙束を持ち、堀田に駆け寄る。
「ご報告しますっ! 6名全てが銃殺されています。銃声は各自一発づつ。死亡直後に2名の首輪より電子音が聞こえました」
堀田の目がかっと見開かれる。
「ばかやろうっ!! なんでそのときに報告しないんだ!! 」
「も、申し訳ありませんっ! データ上なんの問題もないので、その、問題は――」
堀田はその音声担当の兵士を殴り倒した。そして、叫ぶ。
「全警備兵に伝えろ。外部介入者だ。 "Riot"だ! 」
急激に本部は慌しくなる。
ばたばたと走りまわりはじめた兵士をよけるように堀田は電話へ向かった。
受話器をあげ、ダイアルはせずに赤のボタンを押す。
ボタンには"緊急"と書かれていた。
「――もしもし。どうした? 通信が切断されてるぞ? なにか問題かね? 」
「はっ、ご報告申し上げます。会場外にて不審者を発見。生徒一名を連れ出していることが確認されています。ならびに本部監視データにも改竄の可能性が」
「なにぃ?」
「申し訳ございませんっ!」
「貴様ぁ。坂本とかいったな? 」
「いえ! 私は副指揮官堀田でございます」
「坂本はどうした? 」
「あ、その、作戦上の、その」
「やはり使えん男だったか。まぁいい。今後の指揮は貴様がとれ」
「はっ!」
「絶対に逃がすな。逃がせば命はないと思えよ? 死ぬきでやれ! 」
「はっ」
「Riotか? 」
「いえ、事実の確認はとれてはいませんが・・・」
「何人か・・・生け捕りにしろ。必ず吐かせろ。いいな? 」
「はっ! 承知しました」
堀田の背中に汗が一筋流れる。
その向うで坂本がにやついているのが見えた。
堀田は衝動的に銃を抜く。
そして引き金を引いた―――