広志の右肩を銃弾が突き抜ける。
あまりにも突然のことで悲鳴をあげる暇すらなかった。
衝撃で体が反転し、転げるように地面に這いつくばった。
血が舞う。
続けざまに聞こえる銃声。
距離はそれほど近くはない。
まるでテレビでみている戦争の映像のように。
その一瞬あとに、由布子の押し殺したような悲鳴が聞こえた。
広志は燃え上がるような痛みを発する右肩を抑えながらすばやく立ち上がる。
焦りという名の恐怖がそうさせているのだ。
「くそ…」
大田は呟くようにそういうとカービンを構える。
そして、銃声の方角へ3発づつの銃弾を放つ。
先頭に立っていた大田が右辺へ回り、その移動に対応して他の隊員も編隊を整える。
やや右辺よりに銃撃部隊、その後方へ通信。
広志と由布子はそのさらに後ろへ配置し移動を再開する。
「バレた。とにかく逃げるぞ」
大田はそう隊員全員に告げるとひっきりなしに襲ってくる銃撃に応戦する。
「マルゴーです。銃撃を受けています」
息の切れた状態で通信が本部、千成隆志へ報告する。
すぐさま応答。
「――ガッ―冷静に対処しろ。位置を」
「まだ金網を越えてません。エリア、J‐1です」
「――ガッ―了解。ポイントを変更。J‐1からまっすぐ南だ。無線は切るな」
「了解」
パラパラと遠くで聞こえる銃声と、目の前の銃声のおかげで広志は意識を失わずに耐え、走っていた。
――助かる。
その言葉だけが広志を前へ進める。
由布子はそんな広志に肩を貸しながら恐怖に押しつぶされそうになっていた。
「がぁっ! 」
由布子の右後方でくぐもった悲鳴。
振り返ると同時に、雨のような銃撃を受ける隊員の姿が見えた。
ガン、ガンと一定の間隔で彼の体は弾ける。
24発目が眉間に命中し、パァンという音と共に後頭部から赤黒い液体が飛び散る。
そして、そのまま糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
由布子は悲鳴を上げる。
甲高い、悲鳴。
足を止めようとした由布子に、大田は怒鳴る。
「走れっ!! あいつはもうダメだ。走れっ! 」
あられのように降る弾丸を背に、鬼のような形相のままそう怒鳴られた由布子は、泣き出しそうな顔のまま何度も頷く。
ひきつけを起こしたような不規則な呼吸が恐怖の度合いを伝えていた。
広志は朦朧とした意識のなかで銃声の数がどんどんと増えていくことに気づく。
右辺からの銃声に加え、右前方と左後方。
囲まれた。
それは事実だった。
大田は舌打ちすらつかずに賢明に策を捻り出そうとする。
一度振り返る。
編隊の崩れが補正されているかを確認するためだ。
その瞬間に、目の前に閃光が走る。
かっと眩い閃光が走る刹那、土が舞い散り、熱風が襲う。
轟音と共に隊員の悲鳴が聞こえた。大田は推測する。
恐らく対地バズーカの類。
着弾はそれたものの、後方の隊員一人の右足が爆風で引きちぎられていた。
助けを求めるように手を前に突き出しながら倒れる。
大田はその瞬間に引き金を引く。
狙いを足のちぎれた隊員に定め。
由布子が再び悲鳴をあげる。
大田は冷静に隊員の頭を撃ち抜き、振り返りながら走り始める。
他の隊員もわかっていた。
足がちぎれたままでは逃げられない。
ならば撃ち殺さなければならない。
本来ならばバラバラに爆破するべきなのだ。
死体を政府が回収すれば、指紋や顔から身元を割りだし、家族や親戚もろとも厳しい尋問を繰り返すであろう。
何人かは国家反逆罪として処刑されてしまうかも知れない。
しかし、そんな時間は与えられていない。
大田は血が滲むほど唇を噛み締め、尚も走る。
再び、閃光。
広志は思う―――
自分の人生が幸せだったか? と。
あまり裕福とは言えなかったが、それでもきちんとした生活は出来た。
サッカーという、打ち込むべきものもあった。
親友もいた。
そして、このプログラムで"人を好きになるということ"のすばらしさみたいなものも感じた。
「ま、いいか」
それが彼の最後の気持ちだった。
体も精神も疲れ果てていた広志は気持ちを開放させた。
そして湧き上がる確かな感情を感じる。
握られた暖かな手。
由布子のぬくもり。
――間違いない。谷津。俺、おまえのこと好きだわ。多分、結構前から――
由布子の手を握ったまま、広志の意識は消えた。
由布子が最後に見たのは広志の笑顔だった。
やさしい笑み。
強く繋がれた手。
最後に触れたものが、広志であったことを由布子は感謝していた。
叶わぬ恋ではあったが満たされていた。
次の瞬間に爆風で吹き飛ばされ、生命を刈り取られることがわかっていても満たされていた。
――天国ってところがあったら・・・また、手をつないで歩きたい――
由布子は広志の笑みに答えるように目を閉じた。
爆音が響き、周囲十数メートルを1000度の爆風が吹き抜ける。
Riot実行部隊第5班。全滅―――