「千成さん! 」
武士が歓喜の声をあげた。
康明の途切れ途切れの声が聞こえた。
まだ生きている。
少なくとも康明は。
「あぁ」
ほっと胸をなでおろした瞬間に再び波形モニタが揺れる。
大きな波だ。
それに呼応するようにスピーカからノイズが溢れ出す。
"がー"という雑なノイズに混じり高い周波数が時折絡む。
ジャミング特有のノイズだ。
隆志は舌打ちを鳴らす。
「ポイントわかっているんですか? 」
武士が血相を変えて尋ねる。
康明たちがポイントの位置をわかっているか? という質問だ。
「恐らく」
短くそう答える。
あまりにも不確実な答え。
武士は言う。
「千成さん。退きましょう。無理です」
隆志はじっとフロントガラスを睨みつけたまま唇を噛み締める。
不可能だ―――
武士の判断は間違いではない。
通信が途絶えた今、すぐにでもI.Cに向かわなければ強襲のタイミングに乗り遅れてしまう。
ヘタをすればI.Cの手前で待機している離脱の部隊すらも巻き添えにしてしまう。
命を天秤にかける事など出来なくても、圧倒的に数という観念でI.Cを優先するべきだった。
ましてや、康明たちが無事にこのポイントにたどり着く確立は、無いも同然だった。
「千成さん! 」
武士は声を荒げる。もう猶予はない。
「・・・」
隆志は何も言わずにただ黙っていた。
「名古屋の部隊との連絡も断絶されてるんですよ?! 今動かないとI.Cが! 」
「武士、おまえ先に向かえ。俺は残る」
そう言い捨ててドアへ手を伸ばす隆志。
「千成さん!! 無茶言わないでください! 車輌もなしにどうやって離脱する気ですか?! 樹海なんかにたどり着けるとでも思ってるんですか? 何Kmあると思ってんですか?! 」
「行け」
隆志は視線を向けずに言う。
ドアをあける瞬間、武士は隆志の襟を後ろからつかみ、引き寄せる。
「あんたリーダーでしょうが! 次です! 次のためにはリーダーが必要なんです! 」
その手をわずらわしそうに外し、隆志はそっと言う。
「次のリーダーはおまえだ。素質あるよ。冷静で回転も速い。あとは人望だ。それは経験だ。がんばれ」
振りほどかれた手をすばやく戻し、尚も隆志を止める。
「ダメです。まだダメです。ここであんたを行かせる訳にはいかない」
「俺は行く」
「どうしても行く気なら俺を撃っていってください」
「そういうのはいまどき流行らんよ」
隆志はゆっくりとその手をどかし、シートから体を離した。
武士はすばやく、携帯していた麻酔銃を抜き、躊躇なく撃つ。
ドアを開けようとした隆志がびくんと体を震わせて振り返る。
「貴様―――
「俺がリーダーなら勝算のない作戦には行かせない」
ぐったりとシートへもたれかかる隆志を運転席から助手席に引き寄せ、入れ替わりに運転席に座る。
慌しくキィをまわし、セルモーターが回ると同時にアクセルを踏み込んだ。
土ぼこりをあげながらランドクルーザーは動き出す。
目指すのはI.C。
「すまん――康明――・・・すまん――比呂っ――」
武士の目の前のフロントガラスが曇る。