「これはヤバいでしょう」
プジテレビ。
国内最大の民法キー局。
圧倒的に国営放送局が強いなか、地道に、規制を潜り抜けながら放送を続けている。
おもにバラエティが主軸だが、時に政府すらもざわつかせるぎりぎりの報道もウリのひとつだ。
第2編成室。
今日放送のニュース番組用の原稿が机のうえに巻き散らかされている。
そこに飛び込んだ一通のFAX。
静岡の地方局からの原稿だ。
あっと言わせる内容で事実確認もかなり信憑性がある。
恐らく事実であるし、間違いなく特ダネだった。
資料の写真なんかも用意してある。
速報として充分放送できる内容だ。
「ヤバい。これはさすがに・・・」
しかし、ディレクターは乗り気ではなかった。
政府を批判するような内容である上に、政府はこの事実を隠ぺいしようとする動きも伺えた。
ADの若い男が胸の前で手を交差させ、×印をつくる。
「じゃぁ――これはお蔵入りってことで」
そこに若い女子アナが口をはさむ。
「え? やらないんですか? 」
報道を志し、このプジテレビに入社するものの、バラエティやら天気予報やらあまりにも報道とはかけ離れた仕事しか回されなかった女子アナ。
やっとの思いでこの夕方6時の枠に食い込んだ。
5年目でやっと報道と呼べる仕事に回された。
正義感の強さを象徴するかのような切れ長の目が鋭く光る。
「これを報道しないで何が報道なんですか? 」
ディレクターは苦笑しながらなだめるように言う。
「いやいや千里ちゃん、これはさすがにまずいって。この国には報道規制ってのがあってさ―――
「真実を伝えることが報道です! 」
「いやいや、それもわかるんだけどさーそういうのは国営に任せてさ―――
「そういう体制がこの国そのものをスポイルしているんです! 」
ディレクターは"困ったな"という顔のまま頭を掻いた。
その第2編成室に慌しく政府の人間が飛び込んできた。
恐らく静岡からのFAXの件であろう。
すばやくFAXを隠すように指示が出る。
この場で見つかってしまうと誰かが血を見ることになるかもしれない。
第一、静岡の記者が大変な目に会うだろう。
ディレクターが応対に出る。
威圧的な政府の人間はあたりを凝視しながらいくつかの質問と事実確認をする。
滝のような汗をハンカチでぬぐいながらディレクターは首を振りつづけた。
何分かが経過した後、ふうと溜息をつきながらディレクターがデスクに戻る。
「なんでした? やっぱり静岡のですか? 」
「射殺・・・だそうだ。かわいそうに」
「ひゃー。こりゃ絶対無理ですね」
「わかってるね? 千里ちゃん。命にかかわるからね? 」
「わかってますよ・・・」
「お偉いさんはなんて? 」
「今日はそのまま監視するそうだよ。まったくやりづらい・・・」
「余所行きの顔でがんばりましょう」
「そろそろカメリハだよ。千里ちゃん」
振り返ったその場に女子アナ、千里の影はなかった。
先にスタジオに向かったのだろうか、とディレクターは特に気にもとめなかった。
「こんばんは。ニュースタイフーンです」
番組はいつもどおりのスタートを見せた。
メインキャスターの男性キャスターのネクタイも決まっている。
問題はない。
最初のトピックス。
ここは千里の出番だ。
今日の原稿は、動物園で生まれたパンダの赤ちゃんが話題だ。
すばやくキャスターの後ろのパネルがパンダの映像に切り替わる。
「最初のニュースです。先日、富士演習場で行われたプログラム。対象クラス草加南中3年3組ですが―――」
まずい―――ディレクターの顔色が一瞬にして青くなる。
「外部からの妨害にあい、生徒数名が逃亡、事実上プログラムは破棄という―――
政府の使いの人間がスーツの内ポケットに手を入れる。
スタジオ中の人間がキャスターに飛び掛り、押さえつけた。
生放送、とっさにカメラを切り替えるように指示を出すが、千里はしゃべりつづける。
「離して! 伝えるの! プログラムは間違ってるわ! この国は間違ってるわ! 」
政府の使いが歩き出す。右手には黒光りする拳銃を握り。
「逃げたのよ! 戦おうとしてる人間はいる! この国を変えるのは国民しかいないの! 中学生でも戦おうとしてるの! 誰かがNOといわないといけないの! 」
もう一人の政府関係者が編成室に飛び込み。
指示を出す。
カメラをすべて止めろ、と。
ディレクターが泡を食って返答する。
「すべてオートメーションですので、少し時間が・・・」
ディレクターはその場で撃ち殺された。
その銃声が無言の指示だった。
―――カメラを止めろ―――
千里は取り押さえられながらも続ける。
「プログラムは間違ってる! あたしの兄さんもプログラムで! いらないのよ! プログラムなんて! みんなが! いらないって言わないと! 」
まるで取り付かれたかのように叫ぶ千里。
みんなが腹の中で思っていることだ。
取り押さえている人間全員が千里の意見に同調している。
形的には自由を奪っているように装ってはいたが、誰も口を塞ごうとはしなかった。
「この国の歩むべき道は! 今のままではダメなの! 立ち上がるの! 彼らのように! 」
瞬間、画面が切り替わる。
プジテレビの屋上からのライブカメラ。
夜の高速の風景。
いくつものヘッドライトとブレーキランプが宝石をちりばめた街で瞬く。
「しばらくそのままでお待ちください」と書かれたテロップが右から左へ流れる。
画面が切り替わる瞬間の銃声が、彼女の悲痛な叫びを真実とした。