-17-
和彦の時計は午後8:45を指し示していた。
誕生日に親からもらったモノトーンのシックなアナログ時計。
和彦のお気に入りだった。
こんなゲームに巻き込まれていなければ今ごろ食事の後の入浴を済ませ、女子の部屋にお邪魔している時間だ。
―― くそったれ。
和彦は走り回っていた。
あたりは暗くなってしまったが、彼の足は止まらなかった。
―― 綾に・・・・会いたい。
ただそれだけの気持ちで、いや和彦にとってはそれがすべてなのかもしれない・・・ただ綾を探し、走り回っていた。
今はちょうど本部からまっすぐ西の場所、地図で言うと(F-1)のあたりを歩いている。
あたりに人の気配はない。
比呂が人並みはずれた集中力を持つように、和彦もまた動物的ともいえる勘があった。
超能力みたいだ、と比呂も驚くその能力は今のところ役には立ってない。
ただ、このあたりにいる気がする・・・・そう、和彦は思っていた。
―― 大丈夫・・・・俺の勘はよくあたる・・・。
これしかないしな・・・・俺には。
和彦は右手にカマを握り、慎重に茂みの中を歩いていた。
人の気配を感じたりすれば即座に攻撃から身を守るため、集中力もとぎらしてはいない。
――・・・・・・・・・・!
不意に和彦は感じ取った。
――・・・誰かいる・・・。
・・・綾か?・・・。
人の気配だ。
動いてはいない・・・。
かすかに息遣いが聞こえる・・・。
和彦はじっとりと手のひらに汗がにじむのを感じた。
カマを握るその手には力が入る。
ゆっくりと進む・・・・。
音を立てないように。
ゆっくりと・・・。
――近い・・・・。
もうすぐそこだ。
これだけ近ければ・・・・・
俺の存在も気づかれているな・・・・。
しかし足は止めなかった。
不安の中に綾であってほしいという期待も入り混じっていた。
ゆっくりと近づく・・・。
がさ!
――しまった。
気づかれていた。
しかし、足は止めない。
相手が誰か確かめるまで和彦は止まれなかった。
影がゆれた。
――長髪?女子か?
またゆっくりと進む。
――いつ攻撃されても大丈夫。
準備はできている・・・。
相手がやる気なら・・・
躊躇はしない・・・!
!
影はいきなり和彦の前に飛び出した。
緊張感に耐え切れなかったのか、それとも獲物を待ちきれなかったのか・・・。
和彦は足を止めた。
息を呑む。
ごくり。
――・・・女子だ。
でも・・・・綾じゃない。
誰だ・・・。
月の逆光で顔が見えない。
「・・・・か・・・・和くん・・・・・?」
――朋美だ。朋美の声だ・・・。
「朋美か?俺だ!和彦だ。大丈夫!俺はまともだ!」
和彦は警戒を解かない。
もし朋美が錯乱状態ならば・・・やられるのはこっちだ。
「和くん・・・・。」
朋美はぺたんと地面に腰を落とした。
力が抜けたみたいだった。
和彦もゆっくりと腰を下ろす。
―― ふぅ。正気だったか・・・。
「朋美・・・・無事か・・?」
「うん、大丈夫。」
朋美はゆっくりと手に握っていた日本刀を投げ捨てた。
和彦はギョッとした。
「ずいぶん物騒な武器だな?」
なるべく冗談に聞こえるようにおどけていった。
朋美はずいぶん緊張してたらしく、ぐったりとしていた。
「うん・・・・よかった。振り回さないですんだ・・。」
そういうと少し、ほんの少しだけ笑った。
和彦もほっとした。
朋美はのことはよく知っている。
乱暴な性格でもなければ自分だけ生き残ろうなんて考えるようなやつじゃない。
「無事か?怪我とかはないか?」
和彦はもう一度確認をした。
「大丈夫、どこも怪我とかしてない。」
朋美はゆっくりとそう答えた。
朋美を促し少し深い茂みに入った。
いくらなんでも今の場所では人目につきすぎる。
和彦は少しだけがっかりしたが、とにかく最初に出会ったクラスメイトが
自分のよく知っているやつで心底ほっとしていた。
「今まで誰かにあったか?・・・そういえば出発してすぐの銃声は何だったんだ?」
「うん・・・・あれは、多分・・・・・はっきりとはわからないよ?わからないけど・・・・・狙われた・・・と、思う・」
「高橋か?」
「・・・・・・・・・多分。」
「それ以外は?」
「ううん誰とも会ってない・・・・。」
「そか・・・・・・」
――情報はなしか・・・・
!
和彦は何かを感じた!
――なんだ・・・・・・。
人・・・・・か・・・・・?。
誰かに見られてる気がする・・・・。
気のせいか・・・・・?
和彦はすぐ動ける姿勢をとった。
すばやくカマを構える。
耳を済ませる。
五感を耳に集中させる。
一難去ってまた一難・・・
がさ・・
聞き逃さなかった・・・・。
―― 誰かいる。そしてこっちに気づいている。
がさ・・・・さ・・・・
――間違いない・・・・。
誰かいる・・・。
そしてこちらに気づき・・・・近づいている。
ぶわっと体中の毛穴から汗が噴出す。
べとべとした気持ちの悪い汗、冷や汗だ。
和彦は朋美に異常が起きたことを表情で伝えた。
朋美はすぐに了解したようだった。
なれない手つきで日本刀を握る。
中腰の姿勢のまま和彦は耳にすべての神経を集中させた。
がさ。
不意に目の前に大きな影が・・・・!
それは何かを振りかざしている・・・!
がっ!
振り下ろされた何かを和彦はとっさによけた。
土に突き刺さっている何かは・・・・・つるはしだ!
――今。俺に向かって振り下ろしたよな?
この・・・・つるはし。
おいおい、つるはしって冗談でも人に向かって振り下ろさないよな・・・・。
だってそんなことしたら大怪我するか死んじまう。
・・・・ってことは・・・・俺殺されるところだったのか・・・?
和彦は一瞬のうちのそんなことを考えていた。
自分が殺し合いの中にいるということを理解できていなかったのだ。
――まじかよ・・・・おい!
朋美の悲鳴が聞こえた。
というより、朋美が悲鳴を上げていることに気づいた。
―― しまった!
つるはしは和彦の頭上で動きを止めている。
そして一気に振り下ろされる。
体を横に転がしよける。
ざくり!
つるはしはまた土に突き刺さった。
――こいつやる気だ!殺される!
「朋美逃げろ!」
和彦は叫んだ。
そして振り返る。
体制を立て直す。
つるはしを持っているのは・・・・・・
男子7番 斉藤信行だ。
温厚な性格とその巨体から、あだ名はクマ。
怒っているところをほとんど見たことはない。
ある意味朋美に似ているやつだった。
もちろん美しくはない。
だからある意味なのだけど。
そんなクマさんが、今、つるはしを振り上げている。
その目標は和彦だ。
――信じられねぇ!クラスメイトだぜ?
そんな常識は通じないことを見せ付けるように
クマさんこと斉藤信行はつるはしを振り下ろす。
身を翻し、よける。
「ちきしょう!」
――そういいたいのはこっちだよ!
和彦はまたしりもちをつく・・・。
満足に立たせてもらえない。
―― 人間やる気になれば動けるもんだな・・・デブでも。
和彦は信行の後ろに回ろうと立ち上がる。
が、信行のつるはしはそれを追う。
しゅっ
和彦の右腕をかすった。
学ランの袖がぱっくりと割れる。
血は出てない。
制服を裂いただけだ。
――けど・・・・絶体絶命・・・かな?
このまま続ければいつかはあたる。
なんとかしねぇと・・・。――
信行はもうつるはしを振り上げなかった。
もうめちゃくちゃに振り回している。
ふぅふぅふぅ!
――すごい鼻息だ・・・。
やばいな・・・・まじで・・・
つるはしは葉を落とし、木を揺らし、確実に和彦に近づいている。
――話し合おうぜ・・・たのむよ!
信行の目は完全に常人の目ではなかった。
ぎらぎらとして血走っている。
息を荒げ和彦を追う。
ぶんっ!
間一髪!ぎりぎりで交わした!
――チキショウ!まじでやばい!もう冗談も出てこない!
和彦はまだ立つことはできない!
つるはしをよけることで一杯だった。
「しねー!ちきしょう!」
――こいつ完璧にイってる・・・・。
俺と朋美の会話聞いてなかったのか?
あ・・・聞こえる距離にいなかったか・・。
はじめっからやる気だったわけね。
俺の姿を見つけて追っかけてきたのか?
みんなやる気になってるのかな?
朋美の悲鳴はもう聞こえない。
うまく逃げれたかな?
信行はまだつるはしを振り回している。
和彦の目の前を、つるはしのとがった切っ先が行ったり来たりしている。
――おれ・・・まじ死ぬな・・・。
ああ・・・まじで死ぬ。
もう動けねぇ。
背中・・・・木にくっついてるし・・・
くそっ・・・・
?
あれ?
俺死んだ?
イヤシンデナイ・・・
信行の動きは止まっている。
?
なんだ?
和彦は一瞬何がおきたかわからなかった。
信行は動きを止めていた・・・。
目はうつろに空を見つめている。
――?なんだ?スタミナ切れか?
「あ・・・・・・あ・・・あ・・あ・・・・・・・・・・・・あ・」
どさりと倒れた。
その背中には・・・・・・・・
日本刀が刺さっている。
――日本刀が
刺さっている――
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