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――・・・・。
「あ・・・・・。」
信行はもう動かなかった。
背中に突き刺さった日本刀は月に照らされている。
まるで墓標のように・・・。
「お・・・・・・おい・・。」
和彦は目の前で起きていることを信じることができない。
信行は刺された。
そして刺したのは朋美だ。
――あの、優しい朋美が・・・。
いつも微笑んでいた朋美が・・・。
嘘だと言ってほしかった。
そんな・・・・。
こんな事・・・・。
間違ってる・・・・――
「・・・。あ。・・・・・いや・・・・・・・。・・・・い・・や・・・。」
朋美は両手で頭を覆っている。
震えている。
和彦にもはっきりとわかるほど、がくがくと震えている。
「いや・・・。あたし・・・・。あたし・・・・。ちがう・・・・・・・・・・・・。」
朋美は目を見開き、ゆっくりと立ち上がった。
「朋美・・・・・・・・・。」
和彦はなんと声をかけて良いのかわからなかった。
ただ、朋美の様子を見つめていた。
頭の中には目の前に起きた現実と、間違いであってほしいという願望がぐちゃぐちゃに絡まっている。
「ちがう・・・・・・。私・・・。違う。・・・・いや・・・」
「いやぁぁっぁぁぁぁ!!!」
朋美は走り出した。
まるでこの現実から逃げ出すように・・・・。
和彦は・・・・ようやく理解できた。
――朋美が・・・斉藤信行を・・・・・・・殺した・・・・・・。
走り去っていく朋美を、和彦は追いかけることができなかった。
――おいおい・・。なんなんだよ・・・・・。
どうしてこんなことになってんだよ・・・。
鼓動は激しくなっていく。
普通じゃないこの状況を和彦は目の当たりにしたのだ。
――これが・・・・プログラム。
どんっっっ!・・・・・・・どんっっっ!
銃声。
2発。
――朋美か・・・・?
和彦は即座に走り出した。
――まさか・・・・?!
撃たれたのか?!
和彦は走った。
茂みを抜けると道があった。
獣道のような細い道。
そして・・・・和彦の足元には。
血だらけの・・・・・。朋美だ・・・・・。
首がない。
銃声からしてショットガンだろう。
肩から上はきれいに吹き飛んでいる。
その傷口から大量の血が噴き出している。
その血が和彦の足元を濡らしていく。
和彦はがくっとひざを地に付けた。
信じられなかった。
何が起きているのかわからなかった。
―― なんでだよ・・・・・。
何で殺しあうんだよ?
俺達さっきまで笑いあってただろ?
さっきまで友達だっただろ?
仲のいいクラスだったろ?
なのになんで・・・・・?
朋美は優しい子だったろ?
斉藤信行を刺したのだって・・・。
俺を助けるためだろ?
間違ってる・・・・・・・・・・。
おかしい・・・よ・・。
こんなの・・・間違ってるよ・・・。
なんでだよ・・。
和彦は首のない朋美を抱き上げた。
「朋美・・・・・ありがと・・・。俺を・・・・助けてくれたんだろ?」
和彦は涙を流していた。
悔しかった。
朋美を救えなかった自分を呪った。
あの時俺がもっとしっかりしてれば。
俺がすぐにあいつを守ってやれば。
血なまぐさい風が吹いた。
こんなところにいれば自分も殺される。
それはわかっていた。
朋美を撃った人間はまだこの近くにいる。
そしてその銃口はまだ和彦を狙っていても何の不思議はない。
それでも和彦は動かなかった。
放っておくことなんかできなかった。
――俺を助けてくれたんだ。
朋美は。
あの優しかった朋美が・・武器を持って・・。
俺を・・。
助けてくれたんだ・・・。
もう・・・。いいよ・・・・。
こんなゲーム・・・。俺は参加しない・・・。
このまま・・・。
撃たれたって良いよ・・・。
もう・・・
いいよ・・・・。
和彦の頭に綾の笑顔が横切った。
綾・・。
俺もう・・・助けてやれないかも・・。
ごめんな・・。
「バカ!死ぬなんて言葉簡単に使うな!」
比呂の声だ。和彦の頭に響く。
一年前・・・。
和彦の母親が死んだとき。
比呂が言った言葉だ。
和彦の母親は、癌だった。
いつも笑顔で微笑む母親だった。
優しかった。
いつも和彦を包んでくれていた。
そんな大好きだった母親が死んでしまったショックは和彦には大きかった。
和彦の父親もやはり癌で6年前に亡くなっていた・・・・
天蓋孤独。
中学2年生になったばかりの和彦にその悲しみは耐えられなかった。
葬式の席で和彦は比呂に言った。
「俺・・・もう・・死にたいよ・・・。」
その時比呂は本気で怒っていた。
いつもクールで無愛想な比呂が本気で怒ったのは始めてだった。
「バカ!死ぬなんて言葉簡単に使うな!
おまえの母さんだって・・・好きで死んだわけじゃないだろ!」
比呂もやはり小さな時に母親を亡くしていた。
それでも比呂はそのことをつらいとも、悲しいとも言わなかった。
自分が悲しいのと同時に死んでしまった母親だって悲しいのだ。
そう、思っていた。
「残されたほうは・・・・精一杯生きなきゃだめだ・・・。
それが・・・死んじまった人に対する・・・礼儀だ・・。」
比呂は泣いていた。
自分の母親のことを思い出したのかもしれなかった。
そして、和彦も泣いた。
お互いが涙を流したのはそれが始めてだった。
「生きなきゃだめだ・・・。」
和彦は正気に戻る。
思い出したようにすばやく近くの茂みに身を隠す。
頭の中の混乱はまだ整理できてはいなかったが、
とにかく生きなければ、 そのことだけがはっきりしていた。
幸いあれから銃声は聞こえない。
朋美を撃った人間はもうこの近くにいる様子はなかった。
「サンキュな・・・相棒。」
「ごめんな・・・母さん・・・。」
和彦の涙はしばらく止まらなかった。
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