-19-
――ようやく落ち着いてきたな・・・。
木にもたれ月を眺めながら和彦は思った。
今起こったことを何度も頭の中で整理した。
――斉藤信行はきっと俺を尾行していたな・・・。
移動している時に俺を見つけたんだろう。
そしておれを殺そうとした。
いや、自分が殺されると怯えていたのかもしれない。
先手必勝。
まぁ、考え方は間違ってないよクマサン・・・。
そして朋美は俺を助けてくれた。
あの修羅場に耐えきれなくなっただけかもしれないが・・・。
そしてその朋美も殺された。
誰の仕業かはわからないけど・・・。
ショットガンか・・・・厄介な武器だな・・。
その誰かも・・・・俺のこと尾行してたのか?
いや・・・・違うだろう・・。
だったらクマサンともみ合ってる時に狙ったほうが効果的だ。
一気に3人をしとめるチャンスだったからな・・・・。
きっと朋美の悲鳴を聞いて、慌てて飛び出し、ばったり出くわした。
そして撃った。
どうだ?かなり近いんじゃないか?
だからその後俺は撃たれなかった。
すぐにどこかに逃げたんだろう。
くそっ。
政府の思う壺だな・・・。
時計はまもなく午後10:00を告げようとしていた。
おもむろに内ポケットに入れた小型トランシーバーを取り出す。
スイッチを入れ周波数帯が変わっていないことを確かめる。
しかし、トランシーバーから聞こえてくるのはノイズだけだった。
連絡はつかない。
――まぁ・・・それほど期待してはいないけど・・・。
しかし、一体どれだけのやつがやる気になってるんだ?
この状況で正気を保つほうが困難なのはわかるけど・・・
はじまってまだ、5,6時間だぜ?ちくしょう・・・。
弱気になるなぁ・・・――
和彦は真っ赤に腫らした目で月を睨んだ。
――ちくしょう・・。
綾は、比呂は、絵里は無事なのか?
比呂はトランシーバーの電源を切った。
「だめだ。応答はない・・・。」
短くそう、二人に伝えた。
絵里はもう怯えてはいない。
落ち着いている。
綾も顔は青いがもう取り乱したりはしなかった。
「さっきの銃声・・・・なんだったんだろう?」
絵里は聞いた。
比呂は何もいわず首だけを横に振った。
「誰か撃たれたのかな・・・・?」
「さぁ・・・・わからないけど・・・警戒は解くなよ。
恐らくあの銃声はショットガンだ。一発で致命傷だ。」
「ショットガン?」
絵里は目を丸くしている。
「散弾銃。小さな弾の粒を一気に打ち出す銃だよ。
猟なんかで良く使われるな・・・・。」
絵里は何も言わなかった。
ただ比呂の言った事に小さく頷いていた。
「12時からの禁止エリアはどこだっけ?」
「H-7・・・ここからはずいぶん離れてるよ?」
「そか・・・。わかった。」
それから3人は口をきかなかった。
ただじっと体を休め、耳をすましていた。
3人は合流してから一路西へ進路を取っていた。
林を抜け山間部にさしかかろうとするとき、
いきなり静寂を切り裂いた2発の銃声と悲鳴に警戒し、少し戻った林の中に隠れていた。
そう、和彦のいる茂みからそれほど離れてはいない距離だった。
比呂は母親のことを思い出していた。
まだ小さかった頃に病気で死んでしまった母親のことを。
あまり顔は覚えてはいなかったが、
息を引き取る少し前に言った言葉だけははっきりと覚えていた。
「どんなつらいことがあっても、どんな悲しいことがあっても、生きなければダメ。
まっすぐに前を向いて、胸を張って、精一杯生きなさい。
そうしないとお母さん、比呂の大好きなオムライスもう作ってあげないから・・・。」
そういってフっと笑った。
――何でこんな事今思い出すのかな・・・・?
母さん・・・。俺生きるよ・・・。
大丈夫、心配すんな。
絵里がいてくれるから大丈夫だよ。
絵里はひとつだけ気にかかることがあった。
銃声が聞こえる前に聞いた、あの悲鳴だ。
なんとなく朋美の声のような気がしたがもちろん良くは聞こえなかった。
――違うよ・・。
と、自分に言い聞かせていたが正直次の放送が怖かった。
朋美とは無二の親友。
比呂の次に付き合いの長い大切な友達だった。
絵里は朋美の柔らかい微笑みが好きだった。
いつも励ましてくれたし、いつも元気付けてくれた。
―― 朋美・・・・。
無事でいて・・・・・お願い・・・。
絵里の願いは・・・・・・空には届かなかった・・・・・。
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