-20-






比呂は思い出したように制服の内ポケットからバスターを取り出した。
慣れた手つきで火をつける。


――ふぅ・・・うまい・・・。


比呂はかなりヘビースモーカー。
一日40本ペースの愛煙家。
この異常な状況の中、久しぶりの煙の香りは比呂を落ち着かせた。
煙を肺に吸い込みながら比呂は覚悟を決めた。


――これから先、誰に出会ってもそいつが・・・やる気・・であれば容赦なく、やる。
男でも女でも・・・・・。
必ず二人を守る。
たとえ・・・このゲームから逃れられなかったとしても・・・。
生きるんだ・・・。
精一杯。


比呂の険しい表情を絵里は敏感に感じ取った。
そして絵里もまた自分の気持ちを整理した。


――がんばらなきゃ・・・。
強くならなきゃ・・・。
比呂に守られてるだけじゃ・・ダメ・・。
強くならなきゃ・・・。




比呂は月明かりに照らされた白い煙を眺めながらこれからのことを考えた。
このゲームが始まってから何度も繰り返しているが、ちゃんとした結論はまだ出てない。
八方塞なのだ。


――さてさて・・・・和彦はどこにいるか・・・。
それが最大の問題だな・・・・。
でも・・・この状況で和彦だけに連絡をとるのは不可能・・・・。
むやみに動けば・・・・さっきのショットガン野郎に出くわす確率は高い・・・・。
さっきの悲鳴も結構近い距離だろうし・・・・そういえば・・・朋美に・・・似てたな。
声。


大丈夫か?
最後に見たのは・・・。
本部を出てすぐのあの時だ・・・。
ふぅ・・・。
わかんね・・・。
とりあえずここからは離れたほうが良いかもナ・・・。
もうちょっと深い山の中に














!!














比呂の耳にかすかに足音が聞こえた。


――?!
やば・・・。
ショットガンか?


静かなその足音にまだ二人は気づいてない。
すばやく煙草の火を消し、ベレッタを握りなおす。
その様子をみて二人は危険が近いことを悟った。
荷物を肩に担いだ。
比呂は二人に目配せをする。
さっきの打ち合わせの内容では、


―― とにかく敵・・・・・クラスメイトに出くわしたら逃げる。
比呂は残り、相手を確認する。
二人は南へとにかく逃げる。
問題なければ2発、ベレッタを連射する。
問題があれば1発、ないしは3発。
ベレッタを連射する。


二人はもう一度頭の中で復唱した。


足音は次第に近くなる。
立ち止まらない。


―― 俺達に気づいてる?いや、それはない。
動かなければやり過ごせる。


少しづつ近づく足音に、比呂の緊張は高まっていく。
3人の間にぴりぴりとした空気が流れる。
唇をなめる。
比呂の癖だ。
足音は止まらない、まっすぐにこちらに向かっている。


恐怖。
それだけではない。
異常なほどにひりつく空気と不安感、
そして絶望感を与えつづけるこの糞ゲーム。
新しい惨劇へのカウントダウンのようにゆっくりと、
そして確実に足音は近づく。













 

 

 

 

 

 

 



がさ・・・・ざさ・・・・













 

 

 

 

 

 

 

 


ばささ・・・・・・・ざ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





がさ・・・。













 

 

 

 

 


茂みをかき分ける音・・・。かなり近い。
額から汗がにじむで来るのを感じた。


――くそっ・・・落ち着け・・・落ち着け比呂・・・・。


自分にそう言い聞かせた。


少しづつ、少しづつ近づく音にあわせて比呂の鼓動は速くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 


ばさ・・・ざ・


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ざく・・・・ざ・・・ばさ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


――まずいな・・・・誰だかわからないが進路はこの場所に向かっている・・・・。
気づいてるのか?俺達の存在を・・・。
何か音立てたか?いや・・・大丈夫のはずだ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



がざさが・・・ばさ・・・ざ・・・ば・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


足音は進行を止めない。
ゆっくりと、近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


がさ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ざ・・・・・・・・・・・・・・・ざ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


比呂はもう一度唇をなめる。


―― やらざるを・・・得ない・・・・。
頼む!・・・・・
そのまま・・・・行き違ってくれ・・・・。


比呂は最悪のケースを考慮し、ベレッタの安全装置をはずした・・・・。

 

 

 

 

 



ガチリ。















予想以上の音がした。
その音に反応したのか、ただの気まぐれなのか頭の上で鳥が羽ばたく・・・。
緊張が走る。

 

 

 

 



――・・・・・・。


息を潜めてももう遅い。


――しまった。相手は警戒する。
最悪、確認しに来る・・・。


じっとりと汗を掻いた手でもう一度ベレッタを握りなおす。


――この銃を使うことになるかな?
ちくしょ・・・さっき覚悟を決めたばかりだろ?

 

 

 

 

 

 

 




がさり・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



がさ

 

 

 

 

 

 


ざざさ

 

 

 

 

 


がさ・・がさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


草木を掻き分ける音。足音はさっきよりも早い感覚で近づく。


―― やばい・・・。


比呂は二人に逃げ出すよう、指示した。

 

 

 

 

 

 

 


がさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


比呂はすばやく銃を向けた。
その目に飛び込んだものは。








ショットガンを構える・・・・・及川亜由美(女子2番)だ・・・・・。







その目は完全に正気を失っている。血走った目で比呂を睨む。
比呂は銃を下ろさない。


及川亜由美は・・・綾の親友だった。
クラス一の美少女がショットガンを構えている。
銃身の先には親友。血走った目・・・。
興奮している。
あまりのミスマッチに3人は呆然とした。


「お・・・・及川・・・・?。」


比呂は自分では気づかぬうちにそう、呟いた。


「銃を下ろせ・・・。及川。」


今度ははっきりと亜由美に対して警告した。
しかし、亜由美にはその声は届いていない。ショットガンを構えなおす。


「3人仲良く・・・・・何してるの・・・・?」


亜由美の声は少し上ずっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


沈黙。

 

 

 

 

 


「・・・仲間を捜して・・・いる・・・。」


比呂は一裕の時と同じように慎重に言葉を選んだ。
虫の声だけが静寂のなか響いている。


「亜由美!」


綾は駆け寄ろうとした・・・・・

 

 

 

 



どんっ

 

 

 

 



綾の足元の草が舞い散る。



「及川ぁ!」

比呂が叫ぶ。
綾はぺたんとしりもちをついた。


――信じていた親友が
・・・・・銃を・・・撃った?
どうして・・・・。
心配してたのに・・・。
そりゃ・・和くんの事ばっか考えてたけど・・・。
でも・・・心配してたのに・・・。
ずっと・・・仲良しだったのに・・・
いつも・・・・一緒だったのに・
・・・・・トイレだって・・・
・・教室の移動だって・・・
・・昨日の・・
・・・修学旅行の買出しだって・・
・・一緒に行ったのに・・・・・。
綾とはずっと友達でいる気がするな?・
・・・そう言ってくれたのに・・・
・・・


言葉の代わりにあふれ出たのは、涙だった。


「及川!銃を下ろせ!」


比呂の警告は無視されている。
亜由美は再び照準を比呂に合わせる。
ぎこちない手つきだが発砲することには何のためらいもなかった。


―― こいつは親友を撃った。
正常な判断はできない。
最悪だ。


亜由美はすばやくレミントンのポンプで薬莢を排出する。
金色の薬莢は中を舞う。


――こいつ・・・。


「銃を下ろすのは・・・・・おまえだろ?・・・」


え?


――こいつ・・・さっき俺に・・・告白したよな・・・?
真っ赤な顔で・・・恥ずかしそうに・・・。
俺のこと好きだって言ったよな・・・?
まじかよ・・・・・
この糞ゲーム・・・・・
淡い恋心も・・・・・
殺意に変える・・・・・
ってか・・・


比呂は銃を下ろさない。








沈黙。






虫の声だけが・・・・時間が流れていることの証明だった。





[残り31人]




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