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「教授、お電話です」
32個のモニターを睨み付ける坂本教授に兵士の一人が受話器を差し出す。
「はい、坂本ですが」
「――ええ、順調です。」
「――そうですね。千成はグループを組んでいます。」
「――丸木は単独ですね。」
机の上に置かれたコーヒーを口にはこび、足を組みなおす。
「はい・・・・まぁいいペースとはいえないですがそれなりに・・・・・」
「30号の調子もまったく問題ないです」
「ええ・・・ええ・・・承知しました。」
「・・・ありがとうございます。はい・・・それでは。」
面倒くさそうに受話器の通話スイッチを切り兵士に投げ渡す。
ふんと鼻を鳴らし首を回す。
プログラムは予定通り進んでいるおかげか、作戦指令本部は穏やかな空気に包まれている。
兵士たちも技術士たちもスタート時のぴりぴりとした空気は消えている。
「トトカルチョですか?」
教授のすぐ横にいる、本作戦副指揮官堀田篤はインカムをはずし話し掛ける。
日に焼けた浅黒い肌とギろっとっとした目が、見るものに威圧感を与える。
いかにも軍人らしい男だ。
「ああ・・・・まったく好きだな・・・あの親父たちも」
真っ白の髪をかきあげながら教授は答えた。
「教授は誰に賭けられてるのですか?」
いやらしい笑みをつくり坂本教授に質問した。
「ん・・・・・・・私は誰にも賭けてない・・・・・。」
「へ?」
堀田は教授のいう意味がよくわからなかった。
彼は3年前からプログラムの副指揮官を担当しているが、
プログラム担当官が優勝者やトトカルチョに興味を示さないことは一度としてなかった。
もちろん優勝者トトカルチョに参加しない担当官も見たことはなかった。
「私が興味あるのは千成君と丸木君だけだよ。彼らはおもしろい素材だ。」
「つまり・・・・どういうことですか?」
坂本教授はそんな不思議そうな顔をしてる堀田を、心の中で罵倒した。
金のことにしか目に入らない君たちとは違うんだよ、と。
「つまり、この異常な状況の中で彼、IQ120の千成くんが、
どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。
後のヒトゲノムの研究にも非常に役立つであろうデータだよ。
資料を読んでいないのかね?」
「は?」
「千成君の個人データと身体能力測定のデータだよ。」
できの悪い受講生をあしらうような口調で坂本教授は話す。
「彼は通常時にIQ120。まぁ、天才とはいえないまでもかなりの数字だよ。
しかし、彼が集中したときにはこの数値が一気に150まで跳ね上がる。」
コーヒーを口に運ぶ。顔をしかめ、カップを元に戻す。そして続けた。
「しかもこの集中状態も擬似的に作り出したものだ・・・・。
本当の極限状態でどれだけのことが出来るか・・・・。
楽しみでしょうがない。すでに2回、絶体絶命のピンチを潜り抜けている。
すばらしい身体能力と判断能力だ。」
教授はクックと笑った。
「丸木のほうは・・・」
恐る恐る堀田は質問した。
教授の笑みは消え、また見下すような冷たい目で堀田を見る。
「まったく君は何の資料も読んでないのかね?」
正直堀田はむっとしていたが、上官には絶対服従の専守防衛陸軍。
曖昧な笑みを作る。
「彼はどうやら幼少期に大きなトラウマを抱え精神のタガが少しはずれかかっている。
というか、若干、多重人格障害の兆候がある。
そんな彼もまたすばらしい身体能力を持っている。
そんな彼がこのゲームで覚醒したら面白いと思わないか?
いままでゲーム中に精神障害を起こす生徒はいたが、あらかじめ精神障害を起こしている、
しかも重度の、そんな生徒のデータは少ない。
楽しみだよ。どんな行動をとっていくのか。」
「はぁ・・・・」
堀田はいまいちよくわからなかった。
はっきりいってプログラムの担当官なんて仕事は、トトカルチョぐらいしか楽しみのない退屈なものだと認識していたからだ。
――この人は、本気で楽しんでいるな。
ま、大学教授なんてみんな変人みたいなものだ。
そんなことを考えた。
「君は持ち場についてなさい・・・・」
「は!」
威勢のいい返事とは裏腹に堀田は気分が悪かった。
話し掛けたりしなけりゃよかったと後悔しながらインカムをつけモニターをにらんだ。
坂本教授は唇を眺めながらいとおしそうにモニターを見た。
がんばってくださいよ・・・・・・
僕の貴重なモルモットたち・・・・・・くっくっく・・・・・
[残り30人]
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