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「ぐっ・・・・・」


「我慢しろそれぐらい!」


和彦は比呂の左足に、消毒液を吹きつけていた。
幸い弾丸は貫通していたが歩くことは困難だろう。
すばやく清潔なハンカチで傷口を被う。さらにその上にもう一枚シャツを破いたものを巻きつけた。
縛るとき比呂はまた「ぐ・・・・・」とうめいたが和彦は聞こえないフリをした。
消毒液を絵里のかばんに戻す。


「歩けそうか?」


「わかんね。」


「ちょっとたってみ?」


比呂は苦しそうに立ち上がった。
左足に体重をかけてみる。
激痛が走った。
苦痛に歪めたその顔を見て絵里は泣き出しそうになっていた。


「ちょっといてぇな・・・」


「ちょっとって顔してねーよ・・・」


比呂はもう一度体重をかけてみる。



―― 痛い。


しかし、さっきほどではない。
何とか歩くことぐらいはできそうだ。


「・・・大丈夫、何とか歩けそうだ。」


「でも、そんなに長い距離は無理だろ?」


「ああ、とにかくここは離れたほうがいい・・・。」


「そーだな。」


和彦は亜由美の死体に向かった。
もう二度と動くことはない亜由美の手から、レミントンとワルサーPPKを剥ぎ取る。
まだ暖かいその手は痙攣を続けていた。
亜由美のデイパックを空け予備の弾丸も抜き取った。
すばやく自分のデイパックに入れ肩に担ぐ。


絵里は思い出したように立ち上がり、亜由美の死体へ向かった。
和彦とすれ違うとき涙を見られないようにうつむいた。
ゆっくりと死体の傍らに腰を下ろして、亜由美のまぶたを閉じさせる。
そして、手を胸の上で組ませた・・・・。


「ごめんね・・・。」


とても小さな声で言った。とても、とても小さな声で。


比呂はうつむいたままだった。
ひざの上で組まれたその腕はカタカタと震えている。
初めて撃った銃の衝撃と、その弾丸が人の命を奪ったという重さに、
比呂の心は押しつぶされそうだった。辛かった。
自分の保身のために一人の女の子を撃ち、そして殺した。
その事実はいくら大人びているとはいえ若干15歳の比呂の胸に大きな風穴をあけた。


――俺は・・・助かりたいから・・・・亜由美を撃った・・・。
自分が助かりたいから・・・・。
亜由美だって好きで俺たちに銃を向けたわけじゃない・・・。
怖かったんだ・・・。
俺たちと一緒なんだ・・・・。
ただ怖いから、銃を向けた。
何が悪い?
亜由美は何もしてないじゃないか?
あいつを助けてやれなかった・・・。
あいつを安心させてやることができなかった。
なぜ撃った?
なぜ銃を下ろせなかった?
そんなに自分が助かりたいか?
これからもそうやってクラスメイトを殺していくのか?
この手で・・・。
だれも信じられないのか?
あいつを信じてやれなかった・・・・。
俺は怖かった。
だから殺していいのか?
二人を守るためなんて大義名分の上で
自分の保身のために、
また銃を撃つのか?


比呂は激しい後悔にうちひしがれていた。
答えのない自問自答をさえぎったのは和彦の声だった。


「比呂!いつまでそんなとこにいるんだ?置いてくぞ?」


それでも比呂は動かなかった・・・。
ものすごい脱力感が比呂の体をとどまらせていた。


「比呂!!?」


和彦はもう一度呼んだ。
絵里も綾もデイパックを担ぎ比呂を見つめていた。
それでもこちらに顔も向けようとしない。
和彦はつかつかと比呂に歩み寄り、がっと胸倉をつかんだ。


「ふざけんじゃねぇぞ?あ?」


比呂は虚ろな目のまま和彦の顔見た。


「おまえがそこでめそめそしてたって及川は生き返んねーんだよ!」


比呂は和彦の手を振り払った。


「おまえにわかるか?俺の気持ちが・・・・」


和彦はもう一度その胸倉をつかんだ。


「わかんねーよ・・・・」


二人はにらみ合った。


「おめーの気持ちなんてどうだっていーんだよ!!」


比呂は目を丸くした。
和彦の言葉が意外だった。


「おまえ・・・・亜由美殺したんだろ?」


その言葉は比呂の心をえぐった。


「あいつの命奪ったんだろ?」


「和くんやめて!!」


絵里は和彦に向かって叫んだ。
顔は涙でぐちゃぐちゃだ。


「うるせぇ!・・・・・絵里は黙ってろ・・・!」


絵里は口をつぐんだ。
しゃくりあげる声だけが漏れた。


胸倉をつかんだその手をぐっと引き寄せる。
比呂の目をまっすぐ見て、言った。


「及川殺して助かったんだろ?だったら・・・・・」


一度言葉を切る。


「だったら・・・あいつの分まで生きなきゃなんねーんじゃねェのかよ?」


比呂は目をそらした。
和彦はもう一度胸倉を引き寄せる。


「それが・・・・おまえにできるたったひとつのことだろうが!?」

「・・・・・・・。」


比呂はにも言えなかった


「おまえはそこでめそめそしてりゃいいよ・・・。
そんでだれかに殺されてろよ?俺は生き残るぞ?おれは綾を守りきるぞ?」


すうっと息を吸い込む。


「おまえだってなー・・・・守らなきゃいけねーやつがいるだろーがっ!!!」


大きな声だった。その声は比呂の胸に響いた。
ばらばらになりかけた気持ちが一つにまとまった。


比呂は絵里の顔を見る。
絵里は微笑んだ。
涙はぬぐわなかった。


「大丈夫・・・・比呂は・・・私が守るから・・・だから・・・・ね?・・・いこう?」


比呂は込み上げる思いを押し殺した。


――俺が今できること・・・・・?
そうだよな?
それしかねぇよな?
こんな簡単なことだったんだな・・・・・・。
さんきゅ。サイコーだよ相棒。







「女に助けられたら・・・・かっこわりーだろ?
俺が守るよ。
絵里を。
これからも、ずっと・・・・な?」



「うん!」


涙でぐちゃぐちゃだったけど、比呂がいままで見てきた絵里の笑顔のなかで一番サイコーの笑顔だった。



[残り30人]

 


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