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島村裕二(男子9番)。
3年3組一の運動神経の持ち主。
頭脳明晰とまでは行かないが、まるっきり馬鹿でもない。
友達も多く、浅く広く付き合うのが信条。
もちろん顔もそれほど悪くはないので浮いた話しも数知れず。
運動の専門はサッカーで、去年は2年生で唯一、市内選抜の代表にも選ばれる偉業を成し遂げた。
そんな彼もまたこのゲームの中で混乱し自分を見失っていた。
いまは地図上で言う・・のエリアに身を隠している。
うっそうと大小の木々が乱立している雑木林の中だ。
左手には(彼は左利き。矯正はしているものの、今でもここぞというときは左腕を頼っている。)
プッシュナイフがぎらついている。
藪の中などで草木を切り払う頑丈な大型のナイフだ。
彼は本部を出てから数時間、この林の中に隠れていた。
何度も聞こえる銃声や悲鳴に反応こそしていたものの、正直足が震えて動くことなどできなかった。
逃げ出したい衝動を必死にこらえていた。
――ここを動けば間違いなく誰かに殺される・・・・。
俺は・・・・できない!
誰かを殺すなんて・・・・
そんな言葉を呪文のように繰り返している。
彼は苦手なものがこの世に二つだけあった。
一つは茄子。あのふにゃふにゃとした触感とつやのある色が大嫌いだった。
「あんなものは人間が食べる食物じゃない!ゴキブリの背中みたいだ」
と、給食で茄子が出るたびに言っていた。
もう一つは血。
自分の指先が切れて、一滴血がこぼれただけで大騒ぎをするほど怖がっている。
スプラッタ映画なんて見たら失神してしまうだろう。
現に一度意地悪な悪友に無理やり見せられて、貧血を起こしてしまった。
そんな彼に人殺しなんてとんでもない話だった。
ましてや、支給された武器はナイフ。
銃や毒物ならば血を見ない殺し方もあるかもしれないが、ナイフでは確実に真っ赤な大量の血を見ることになる。
返り血の心配までしなければならないだろう。
「ああ・・・・・・・なんでこんなことに・・・・」
声に出してつぶやいてみた。
しかし、その声に返事はなかった。
静寂だけが彼の不安をまくし立てていた。
―― いま何時なんだろう?
裕二はズボンのポケットから携帯を取り出した。
座っている姿勢だったので片足を伸ばさなければ奥まで手を入れることができない。
がさ!と、足元の草が音を立てた。
―― しまった!
息を殺し静止する。
――大丈夫だ。
あたりには人のいる気配はなかった。
彼はほっと胸をなでおろした。
さっきから音を立てるたびに同じ事をしている裕二は、いったい何年分の寿命を縮めたことだろう。
携帯のスイッチを押す。
液晶画面を淡い光が照らした。
午後11時23分。
――ああ・・・・・・・眠りたい。
彼は健康優良児。
午後10時を過ぎれば眠くなってしまう、最近の中学生には珍しい男だった。
もっとも、昼間は部活やらクラブチーム(地元サッカークラブ)の練習で
遅くまで走り回っていたのだから当たり前といえば当たり前なのだが・・・。
しかし、この状況ではいくら健康優良児でも眠ることなんかできない。
いつ寝首をかかれてもおかしくはないのだから。
そんなこと、小学生だってわかる。
裕二は必死に睡魔と戦っていた。
長時間の緊張と不安で体も精神も疲労しきっていたが、死にたくないの一心でまぶたを開きつづけていた。
思い出したようにデイパックに手を伸ばしペットボトルのキャップを開けようとしたとき、彼の視界に一つの影が飛び込んだ。
!?
動きを止める。
様子をうかがう。
こちらに向かっている。
その手には・・・・・
金属バットをぶら下げている・・・・。
――ヤバイ・・・・みつかったか?
裕二は息を殺した。
ペットボトルをあけようと、体を45度程度よこに傾けたまま正面を見つめていた。
はたから見ればかなり間抜けな格好だが、危険が迫っていればそんなことは言ってられなかった。
その影は・・・・男子だ・・・・・。だんだんと近づいてくる。
男子10番 高梨秀典だ。
右肩を押さえながらゆっくりと歩いている。
かなり衰弱してるらしく、ぜえぜえという荒い息遣いが聞こえてきた。
高梨はふっとしゃがみ込むと、ディパックを肩から下ろした。
ペットボトルを取り出すと器用に片手でキャップをはずし、ぐいっと一口飲んだ。
口の周りにこぼれた水を舌でなめる。
かなりのどが乾いている様子だったが、それほどたくさんの量を飲むことはなかった。
恐らく水がこの後貴重になることを予想していたのだろう。
辺りをきょろきょろと見まわし、そわそわとしている。
制服には土がこびりついている。
どこかで戦闘に巻き込まれたのだろうか、顔にもいくつかすりむいた傷があった。
目はぎらつき、しきりに辺りを警戒していた。
その姿はまさに兵士のようなたたずまいがあった。
この異常な状況で、修羅場をくぐり、心身ともに殺し合いでの生き残り方を学んできたかのようだった。
そんな高梨のすぐ後ろで息を潜めていた裕二は恐怖のあまりがたがたと震えていた。
目の前に敵がいる。
そしておびただしい血。
ぎらついた人殺しのような目。
誰でも震えあがるだろう。
良く見ればバットの先端にも血のようなどす黒いものがべったりとついていた。
裕二は選択を強いられていた。
一つは、このまま一目散に逃げる。
もう一つは、後ろから隙を突いて高梨を殺す。
そしてもう一つはこのままやり過ごす。
どれか一つに決めなければ。
――俺が殺される。
しかし、時間切れはあっという間にやってきた。
高梨が後ろを塗り向いたのだ。
裕二は飛び出していた。
ナイフを振りかざし。
しかし、長時間座っていたせいか足が言うことを聞かない。
足がもつれて高梨に向かって転げ落ちていった。
高梨はさっと身構える。
左腕にバットを握りなおした。
3歩後ろに下がる。
相手が誰かを確かめる。
かっと目を見開いた。
相手は島村裕二。
このクラスで千成比呂、森和彦、丸木一裕と同じように運動神経に秀でた人物だ。
間違いなく強敵。
ぐっと力をため、ひくい姿勢で身構えた。
初めての戦闘ではない。
落ち着けばやれる。
彼はすでにクラスメイトを一人殺していた。
相手は・・・・高橋光也・・・・。
――いきなり発砲してきたときは驚いたが何とかやった。
殺してしまったことに驚き、銃を拾わなかったのは悔やまれたが、
このゲームで勝ち残るための経験としては大収穫だった。
――大丈夫。
さっきと同じように落ち着いて。
まず手足を狙って動きを止めるんだ・・・・。
相手はナイフ・・・
リーチなら負けない。
落ち着いて・・・・
大ぶりを避けて・・・
的確に・・
打つべし・・・
打つべし・・
ふっとバットが持ちあがる。ねらいはナイフを握る左腕。
裕二は体制を整え高梨に向き直る。
距離約2メートル。
バットは振りかざされている。
「うわぁ!!」
ばっと後ろへ飛ぶ。
バットは宙を切る、がコンパクトに振られたバットは第2激に備え素早く振りかざされる。
考える余地などない。
高梨を殺さなければ!
ぐっと左腕に力が入る。
高梨の目は・・・・俺の左腕を見てる。
――ねらいは武器か?
彼がサッカーを経験していなければ、このことには気づかなかったろう。
裕二はPKの要領で高梨のねらいを読み取った。
左足を後ろに回し半身になる。
またもバットは宙を切る。
後ろへ飛んで距離を測る。
バットはまたもコンパクトに振られそのまま水平に振り切られた。
裕二の鼻先をかすめる。
形成は裕二が圧倒的に不利。
相手は武器の使い方になれているし、殺すことにためらいはない。
――やるしかない!!!
裕二は歯を食いしばった。
高梨はさすがと思った。
――かなり動きはいいな。
だけど・・・・俺はもう、一人殺してんだ。
やれるさ・・・・・。
まさに殺し合いが始まった。
文字通り生死をかけた。
先に踏み込むのは高梨。
剣道のつきの要領でバットを突き出し飛び込んだ。
裕二は左へ飛んだ。
目の前に高梨のがら空きのわき腹があった。
―― あそこだ。
高梨は手首を返しバットを水平に振る。
遠心力を利用し勢い良く裕二の頭へ向かっていく。
とっさに裕二は右腕をバットと頭の間に割り込ませる。
がっ!
右腕に激痛!
「折れたか?」
感覚はない。右腕はだらりと落ちた。
「ふん!」
高梨のがら空きの背中を、ナイフで切りつける。
「がぁ!!!」
どっ・・・・という鈍い感触と高梨のうめく声が聞こえた。
素早く振り返る高梨。刃は思ったより深くは入ってはいない。
――くそ!
高梨はバットを下から勢い良くすくい上げる。
ねらいは顎。
裕二の視界ががくんと揺れた。
空が見えた。
口の中にさびた鉄のような苦い液体が広がる。
裕二は仰向けにひっくり返った。
まさか下から振り上げるとは予想できなかった。
独創性という点では高梨が一枚上手だった。
「勝った・・・。強敵を倒した・・・・。」
高梨は身震いした。
背中の激痛すらも遠くに感じるほどの、快感が押し寄せてきた。
彼の下腹部は膨れ上がっている。
それはズボンの上からでもはっきりと確認できるほどだった。
男子諸君はお気づきだろうが、高梨は欲情していた。
このギリギリの緊張、そしてその戦いに勝った事に。
口元から唾液が出ていることも気づいてはいなかった。
彼は人間らしさと引き換えに、強さと快感を手に入れた。
人を殺すことにSEXに似た快感を感じていた。
―― さぁ・・・とどめをさそう・・・
バットを振りかぶる
――ああ・・・・・・イきそうだ・・・・
まだ・・・・死んでない!
そのままぶっ倒れていたいほど体は重かったがすばやく起き上がり高梨を探す。
―― 右だ!
バットを振りかぶってる。
裕二はボレーシュートを打つ要領で、左足を高梨の右太腿に蹴りこんだ。
バットもほぼ同時に振り下ろされる。
裕二の左肩にバットがめり込む、が高梨も体制を崩す。
市内選抜選手のボレーキックをまともに食らえば立ってなどいられない。
しかし、高梨は倒れなかった。
ぶるぶると震える左足で必死にたっていた。
裕二は躊躇せずナイフを振りかぶる狙いは右腕。
――当たればきっと立ってなどいられないはず!
ちょっと血を見るかもしれないが、倒れてる間に逃げればいい!
裕二のプッシュナイフは月明かりに照らされ優雅に半円を描く。
高梨は左足に力が入らずにがくっと体制を崩した。
どっ
え?
裕二のナイフは・・・・高梨の頚動脈を見事に両断した。
ぷしゃぁぁぁと吹きあがる血の向こう側に高梨の目を見開いた顔が見えた。
深くナイフが入りすぎたせいで首は普通では考えられない方向へ傾いていく。
どさりと倒れた高梨の首からは、噴水のように赤い血が噴出していた。
頭から返り血を浴びながら裕二は膝を地に突いた。
首からもげそうになった顔は裕二を見ている。
裕二は恐怖のあまり、顔が引きつった・・・・・。
頭の中で何かが割れる音がした。
「・・・・あは・・・・あは・・・はは・」
裕二の口から乾いた笑いが漏れた。
目は見開き空を仰いでいる。
目は笑っていなかった。
真っ赤な血に染まりながら裕二の何かは壊れた。
「はははははははは
くびが はは へんな あはははは
くび はは くびっくび へん えへはあは はははは
へん はははははは へんなくび あははははあはは
ははあは へんなくびだ はは」
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