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「何人殺したの?」
唐突に直子は聞いた。
表情のない目を一裕に向ける。
穏やかな朝焼けがゆっくりと空を覆いはじめている。
一裕はすぐに答えようとはしない。
きょろきょろと腰を落ちつけるべき場所を探していた。
直子の視線は そのあどけない仕草を追っている。
一裕は少し迷った後、最初に目をつけたキリカブに腰をかけた。
「えっと・・・・なんだっけ?」
一裕はくすっと笑いながらそう答えた。
直子は無表情のまま質問を繰り返した。
「何人殺したの・・・・・?」
怯えている様子はまるでない。
ただ聞いた、それだけの質問。
「もしかして・・・・僕のこと怖い・・・?」
少し首を傾けいたずらっぽく微笑む。
「そういう意味じゃないわ。言いたくなければいい。それだけ。」
「うん。いいたくない。」
「そう・・・。」
野鳥のさえずる声が聞こえはじめた。
もうすぐ夜が明ける。
最悪のデスゲームは二日目に突入する。
「座れば?」
「そうね。」
ゆっくりと直子は腰を下ろした。
「船岡さんは逃げないんだね?どうして?」
一裕はゆっくりと問い掛けた。
とても大切なことを確認するように、注意深く直子の様子を凝視をする。
視線の動きや、呼吸のリズムまで。
「わたしはもう・・・どうだっていいの。死んでしまうとしても、生き残れたとしても。」
投げやりなそのセリフは人生のすべてを悟ったような直子のすべてを象徴するかのようだった。
「まるほど・・・・ね。」
一裕は短くそう答えた。
予想通りの答えだった。
「じゃ・・・・船岡さんは誰かを殺したりは・・・・・・・・しないの?」
深い呼吸の後一裕はそう聞いた。
「・・・しないわ。・・・・・意味ないもの。」
直子がどこか遠くの世界の人間の様に一裕は感じた。
一裕は直子の顔を改めてじっと見つめた。
ぼやけた光を放つ切れ長の目。
すっととおった鼻。
肩よりも少し長いきれいな黒髪。
”誰かに似ている”
そう感じていたが一裕には誰に似ているのか思い出すことはできなかった。
心の一番深いところにある記憶の断片が重なる様で重ならない。
「死ぬことを待ってるの?」
一裕のその言葉を聞いて、直子は一裕の顔を覗き込んだ。
「あなたは私の何が知りたいの?」
実に的を得た、すばらしい質問だった。
簡潔で、明瞭で、的確だ。
一裕はその質問に対する答えを用意することはできなかった。
直子の何が知りたいのか?
そして、なぜ知りたいのか?
一裕にも、それはわからなかった。
ただ・・・・直子の存在が 一裕にとって何か大切なものの様に感じていた。
それだけは確かだった。
恋心に似た”何か”だった。
一裕は何も言わず直子の目を見つめていた。
「何が知りたいのかな?わからないよ♪僕にも」
夜明けのキャンバスに赤の絵の具が混ざり始めた。
二人はお互いの目を見詰め合った。
一裕の胸の中にあるモヤモヤの輪郭は少しずつ・・・少しずつ形を見せ始めていた。
「もういちど最初の質問にもどってもいいかしら?」
「・・・・・・・なんだっけ?」
「何人・・・殺したの?」
「・・・・・・・・・・・・二人。」
「なぜ・・・・・殺したの?」
「これが・・・・・・ゲームだから・・かな?」
「・・・良くわからないわ・・・。」
「僕にも良くわからないよ・・・・・。ただ・・たいくつはしないよ・・ね?」
沈黙が流れた。
「殺すなら・・・・・・早く殺して・・・・・。」
一裕の脳がゆれた・・・。
記憶の断片が繋がる。
一裕の幼少期・・・・・。
忌まわしい過去。
「殺すなら・・・早く殺して・・・。」
そう・・・・直子のセリフは母親のセリフ。
一裕は目を見開いたまま空を仰ぐ。
脳裏には・・・・・あの日の光景・・・・・・・。
母親が死んだ・・・・・・あの日の・・・・・・。
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