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バスは朝の町を走り抜けていく。
始まったばかりの修学旅行、バスの中はいつもより元気の良い生徒達が大騒ぎしている。
担任の竹内から簡単な諸注意や、連絡事項が伝えられ、カラオケ大会が始まった。
担任の竹内はいわゆる熱血教師。
大学時代はラグビーをしていたらしく、体はがっちりとしている。
まぁ、そろそろ40を過ぎる頃だからおなかには贅肉がつきまくっている。
そんな中年教師でも生徒からの信頼はきっと草加南中でもTOP1だろう。
比呂も和彦もしょっちゅう叱られてはいたが、不思議と竹内の事をいやな奴とは思わなかった。
彼は常に真剣に生徒達に接していたし、生徒のためならば命すら投げ出す覚悟で教育に望んでいた。
そういう、言葉では伝えられない部分を15歳の生徒達は敏感に感じていた。
そんな担任のおかげか、3年3組はみんな仲良しの平和なクラスだった。
特に不良がいるわけでもないし、派閥みたいなものもない。
みんな仲良く、明るい楽しいクラスだった。
しかし、そんな3年3組にも一人だけその輪に入れない者もいる。
谷津由布子(女子13番)だ。
彼女は、小学生の頃ひどいイジメにあっていたらしく心を完全に閉ざしてしまっている。
クラス替え直後は何人かのクラスメイトが積極的に話し掛け、
遊びに誘ったりしていたのだがまったく反応が返ってこないらしく、相変わらず一人ぼっちだ。
今も、竹内のすぐ後ろの席で一人、文庫本を読んでいる。
タイトルは・・・・・「○×△殺人事件」
その谷津由布子のすぐ後ろでは沼田健次郎(男子14番)がカラオケを熱唱している。
どっかのアイドルグループのヒット曲だ。
なんとなく比呂は歌詞を聞いていたが、愛だの恋だのと下らない歌だな・・・と思っていた。
何せ比呂は(恐らくは草加南中一番の)ロックフリークだった。
もちろん校則で退廃音楽(ロック)の視聴は禁止されているし、国の法律でも厳しい罰則が定められている。
が、比呂の父親もまた相当のロックフリークだったので何の苦もなくロックや海外の音楽に親しむことができた。
家には比呂の父親が苦労して集めた、たくさんのCDやテープが(大体が海賊版)隠してあって、
比呂はよく勝手に引っ張り出して楽しんでいた。
お気に入りはOasis。
和彦はセックスピストルス。
歌は下らないにしても、沼田健次郎の歌唱力は中々だった。
歌い終わればやんや、やんやの大喝采。
調子に乗ってもう一曲・・・・。
いったいどこまで盛り上がっていくのだろう・・・・このバスは・・・・。
バスは高速に入り、一路西へ向かっていた。
「ねぇ!トランプしよ!」不意に後ろで声がした。
振り向くと、及川亜由美(女子2番)と山岸綾(女子14番)が
トランプを持って比呂たちの席の後ろから、顔だけを覗かせていた。
3年3組でも1,2を争う美女二人からのお誘いならば、断る理由はどこにもない。
「おう!」
即座に答えたのは和彦だった。
何せ和彦は最近、山岸綾がお気に入りだ。
断るわけはなかったがこんなに早い反応とは・・・。
笑うと八重歯が覗く、綾のその笑顔は確かに可愛らしかった。
噂では山岸綾も和彦が好きだという。
トランプをしながら比呂は、和彦と山岸綾の顔を交互に見比べ楽しむことにした。
ゲームは大貧民。
負けたやつは、事前に決めた秘密を暴露するという草加南中のオリジナルルールだ。
最初のお題は『誰にも言えないからだの事』。この勝負は和彦が負け、実はでべそであることを告白した。
次のお題は――――
こんな他愛もないゲームをしながらふと、窓の外を見た。
富士山が見えた。
もう静岡のあたりか・・・・。・・・・?
やけに軍のジープが多い気がした。
専守防衛軍の趣味の悪い旗が風になびいている。
―― ま、この辺は演習場があるからな・・。
普通の中学生にはこのあたりに専守防衛軍の施設があることはわからない。
もちろん大人だって知らない。
国民には、いちいちどこに軍の施設や基地があるなんて発表しないからだ。
では、なぜ比呂がこのあたりに演習場があることを知っていたのか?
答えは簡単。
比呂の父親は昔、比呂が5歳になる頃まで専守防衛軍一統陸佐だったのだ。
今は普通の会社員だが、ロックフリークであり同時にアーミーマニアの父親は
それだけの理由で兵役を志願し、ロックが聞きにくくなったというだけの理由で退役したのだ。
今では趣味でサバイバルゲーム、家に帰ればロックフリークという夢みたいな生活をしている。
共和国一、思想的に問題のある父親だ。
それでも、比呂は父親が好きだったし、ロックが好きだったし、サバイバルゲームが好きだった。
父親はいつも「人生何があるかわからないからな、覚えれるときに覚えとけよ」と言い、
ロックのすばらしさや銃の扱い方などを比呂に教えていた。
もちろん、そんな時も和彦は一緒だった。
そんな事をふと考えてたら、いよいよ大貧民の罰ゲームのお題は「好きな異性の名前」になっていた。
まいったな・・・・と比呂は内心思った。
比呂にはずっと思っている人がいるのだが・・・・まぁその話はまた今度。
ゲームは終盤戦。
比呂は優勢。
最も状況が芳しくないのは亜由美だ。
劣勢は好転せずに結局、亜由美の負け。
「えー!ほんとに言わなきゃだめ−?!」
きゃっきゃとはしゃぐ亜由美は覚悟を決め、
「じゃぁ・・・・言うね・・・・。私の好きな人は―――」
「――――比呂くん・・・・・」
急な告白に比呂は激しく動揺した。
亜由美は顔を真っ赤にしている。
比呂も耳まで真っ赤だ。
まさかクラス1.2を争う美女がこんな愛煙家をと。
和彦も驚きで口を開けっ放しになる。
「な、なに言ってんだ?!」
照れ隠しにそう言うと、窓の外に顔を向けた。
今、亜由美の真っ赤な顔なんか見たら一発で心変わりしそうだった。
和彦や綾の冷やかす声が聞こえてきた。
これが平和な時間の最後になった。
比呂は、バスの窓に広がる不思議なその光景を眺めていた。
このバスは、専守防衛軍のジープに、ぴったりと、囲まれていた・・・。
[残り37人]
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