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「いって・ェ・・」
比呂は木にもたれながらもう一度傷口を確認している。
比呂たちはあの銃撃戦の後、何度かの移動を繰り返しH-4エリアに腰を落ち着けていた。
「だいじょーぶ?」
絵里は心配そうな顔を比呂に向けた。
「だいじょうぶじゃない。いてぇ。」
比呂は意地悪く絵里にそう言った。
「もぉ・・・。」
「そんだけの元気なら平気だよ。な?」
和彦は銃器の点検をしながらボソッと比呂に問い掛けた。
「ああ・・・貫通、ってかかすっただけみたいだしな。」
比呂の左足の傷はそれほど深刻なものではなかった。
膝から3cmほど下の、脹脛上部を削り取ったような真っ赤な傷口は、
ほぼ出血も止まり腱も筋肉組織もそれほどの損傷はなかった。
普通に歩く分にはそれほどの障害はない。
痛みはあるが今はそんなことをいってる状況ではなかった。
「で?どうする?」
そう聞きながら、和彦は時計の針を確認した。朝の5:55分。
―― ふん、きりのいい数字だな・・・。ま、縁起物・・・。
「あ?どうするって?」
比呂は再び傷口を消毒した。
絵里は包帯代わりに新しい清潔なシャツを破いていた。
「これからのことだよ。このクソゲームでどう行動すんだよ?」
「・・・どうしようもないだろう?」
比呂は少し考えてからそう、答えた。
「じゃ、なにか?なにもしねーで死ぬの待つんか?」
綾が散らばった弾丸を綺麗に振り分け、それを和彦に渡した。
「さんきゅ。・・・綾。」
綾はにっこりと微笑んだ。
まぁ現金なことだと比呂はため息をついた。
和彦が無事だとわかる前の顔を思い出し今の綾の顔と比較した。
使用前、使用後の写真比較のように並べたら、さぞや効果覿面の広告が仕上がるだろうな・・・。
私はこのブレスレットをつけて人生が変わりました! 早速新しい彼氏もできて・・・云々。
「ところで・・・和。盗聴されてんの知ってるよな?」
「へ?首輪?」
「あぁ。」
「嘘?マジ?」
「・・・。」
――気づけよ。バカ。
「されてる。間違いない。」
比呂はため息と一緒にそう言った。
「高機能だな?・・・でも、何でわかったんだ?」
「4年前のプログラム・・・。覚えてんだろ?」
「あー、あの脱走したってやつだろ?すげーよな・・・普通じゃねぇ。」
「そん時のニュースやらなんやらで聞いた。」
もちろん嘘だった。
仮にこの後、脱出の案が思いついたときに4年前の事件を知っているのと知らないのとでは、
教授の、政府の警戒も大きく変わってくることを比呂は予測していた。
「ふーん・・・。よく覚えてんな?さすがIQ120・・・」
「え?比呂くんそんな頭いいの?」
綾は驚きの声をあげた。
バカではないことはわかっていたが、
目立つような成績をとっていたわけでもないし、 教師からの評判だってそれほど良くはない。
意外だった。
「そだよ。こいつ、ちょー頭いい。」
みんな饒舌になっていた。
死の緊張感から解放され、眠気のピークを超え、
いわゆるナチュラルハイの状態だった。
「なんで、そんなに頭いいのにこんな普通の学校に通ってるの?」
綾の疑問はもっともだった。
この、大東亜共和国でははっきり言って学歴社会。
完全な縦割りの社会だった。
良い学校に出て、良い会社に入ることがベストだといわれていたし、現実にそうだった。
「キライなんだよ。エリートとか、政府とか、そういう型にはまったやつらが。」
綾は納得した。
比呂の少し不良っぽい、投げやりな態度や姿勢が今の言葉で十分すぎるほど説明できた。
「あ・・・比呂。これ忘れてた。」
和彦は自分のディパックからバスターのカートンボックスを出し、比呂に投げ渡した。
比呂の目が輝いた。
―― よかった・・・。
これで残りの本数を気にしながらタバコを吸わなくてもいいんだと思うと心底ほっとした。
―― これだけあれば十分だ。
どうせ・・・そんなに長くは生きられないかもしれない。
「で?どうする?」
和彦は質問を元に戻した。
「とりあえず・・・。」
――が・・がが・・・
会話をさえぎったのはスピーカーのノイズだった。
4人はふっと、頭を上げ耳を澄ました。
「・・・坂本です。おはよう。」
静かな口調で教授は話し始めた。
幾分声のはりは少ないように感じた。
―― 仮眠でもとってやがったか?このやろう・・・。
「定時放送です。まずこれまでに死亡したクラスメイトを発表します。」
比呂以外の3人はすばやく地図を取りメモの準備をした。
比呂は動かなかった。
メモをとる必要はなかった。
今の落ち着いた精神状態なら30人程度の生徒の生死など、一回聞けば暗記には十分だった。
「まず男子から。大伴隆弘。沼田健次郎。高橋光也・・・」
――光也・・・。
死んだか。
誰にやられた?
あいつ銃を上手く使えなかったのか?
それとも銃声を聞きつけた誰かに?
「・・・斉藤信行。・・・」
和彦は目を閉じ、斉藤信行へ語りかけた。
――クマさん・・・。
朋美は・・・悪気はなかったんだ・・・。
あいつを許してやってくれよ?・・・な?
「高梨英典。続いて女子。松本朋美・・・」
絵里はぐっとこらえた。
涙を。
胸に響く朋美の死を告げる教授の言葉は、絵里を揺り動かした。
比呂はそっと絵里の手を握った。
絵里は比呂の顔を見上げた。
比呂は頷く。
絵里のひとみから大粒の涙がこぼれた。
比呂の目が「無理すんなよ?」と言ってくれているように感じて、
絵里は涙をこらえることができなくなってしまった。
誰もそれをとがめる事なんてできなかった。
ただ、朋美の冥福を祈った。
4人は口を開かなかった。
「最後に、及川亜由美。・・・あ、もう一人いたな船岡直子。以上です。」
まるで比呂に向けるかのように、教授はひとつためて亜由美の名を告げた。
――くそったれ。
それが比呂の教授への答えだった。
放送のマイクを握りにやついた顔の教授の映像が目に浮かび比呂は歯軋りをした。
悔しかったが、今は何もできない。
無力感を押しやりながら禁止エリアの確認のため、教授のにやついた顔を頭から追い出した。
「禁止エリアです。
まず、H-1、B-8、B-9、です。
全て2時間おきに、つまり8時、10時、12時に禁止エリアに含まれます。
気をつけてください。」
スピーカーは「が」というノイズとともに沈黙した。
――禁止エリアには含まれないか・・・。
「さて、どうするかいい加減決めようや。」
和彦は自分の気持ちの持って行き場に困っていた。
何をやるにしても前向きでないと気のすまない性格。
とりあえず、適当に、成り行きに任せて、が苦手だった。
そういう考え方で何かして上手くいったためしがなかった。
「どうするもこうするもないな・・・。」
比呂は静かに言った。
そして続けた。
「とにかく生き延びる。俺たちは絵里と、綾を守る。
もちろん正気であれば他のやつとも合流したい。
だが、その基準はどうしても厳しくなるな。」
「判断基準は?」
和彦が聞く。
「ない。直感だ。」
「な?」
「だから、お前が頼りだ。」
「は?」
「お前の勘は昔からよく当たるだろ?」
「おまえ・・・ただの勘だぞ?」
「それしかねぇだろ?この状況じゃ。」
「ぐ・・・。わかったよ! しらねーからな?」
やけくそ気味に和彦はそう答えた。
「おまえに・・・俺の命預けてやるよ。出血大サービスだ。」
「・・・利子つけて返してやるよ。」
「・・・年率いくつだ?」
和彦は声をあげて笑った。
つまらない冗談だったが、比呂らしかった。
こいつ、サイコーだ。
比呂も笑った。
「わたしも和くんに預けた!・・・私の命。」
比呂の傷口にシャツを結びつけながら絵里はそう言った。
「綾は?」
絵里の問いに比呂が口をはさんだ。
「聞くまでもないよな?」
綾の顔はまたまた真っ赤に染まった。
―― この正直者。
「段取り覚えてるな?絵里、綾。
禁止エリアが発表されたから、移動するやつも多くなるはず。
間違いなく遭遇率は高くなる。」
比呂の真剣な目に3人とも注目した。
「誰かが近づいたら・・・」
「真東ね?今度は・・・。」
綾が比呂の声にかぶせた。
「そうだ。」
「で・・・、目視できないとこまで移動して合図を待つ・・・よね?」
「その通り。」
「で、俺らが相手を確認。何ともなければ2発、銃を連射。問題があれば1発、ないしは3発。」
「その銃声を確認して問題があれば真東に移動。800歩ね?」
綾もしっかりと暗記していた。
「そうだ。必ず迎えに行く。絵里達も一応銃を持っていけ。ワルサーなら何とか使えるだろ?」
「・・・うん。」
絵里は少し躊躇したが頷いた。
――ダメ。怖がっちゃ・・・。
「使い方わかるな?絵里。」
「うん・・・。前、比呂に教えてもらったのと一緒だよね?」
「ああ・・・あれはエアガンだったけどな?衝撃はもっと強い。
撃った瞬間銃口がぶれるから連射しろ。
肘も突っ張っておけよ?腕ごと持ってかれるからな?」
「わかった・・・。」
「和も後で綾に教えてやってくれ。」
「わかった。」
和彦は頷きながらポットボトルの蓋を開け、くい、と一口飲んだ。
「いいか・・・。誰も死ぬなよ?必ず・・・何とかしてやる。」
和彦も比呂のその目を見るのは久しぶりだった。
Riotのゲームのときでさえ、比呂は若干の余裕を持っていた。
しかし、今は違う。
集中している。
頼もしかった。
比呂が何とかすると公言して、何とかならないことはなかった。
史上最低のクソゲームでもその信頼は揺るがなかった。
「頼むぜ?・・・相棒。」
「任せろよ。・・・相棒。」
[残り28人]
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