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走っていた。
がむしゃらに。


まさか本当に殺し合いをするなんて思ってなかった。
女の子が銃を撃つなんて思ってなかった。


自分に向けて、引き金を引くなんて。
そんなの予想してなかった。


武士沢雄太(男子15番)は、明らかにお人よしだった。
いい意味で軽い男。
悪く言えば考えの浅い男。
直感で行動する割には、その直感は何の根拠も持ち合わせない。
いわゆる”行き当たりばったり”が彼の基本的行動パターンだった。
そんな彼が、本部を出発して北へ向かったのも特に理由はない。彼はただ北に向かってみた。
しばらくは何も起こらない。
ただ、とぼとぼと歩き回った。
仲間を探していたわけでもないが、隠れるわけでもない。
しかし、突然響く銃声。
さすがの彼も危険を感じ、身を隠せる場所を探し始めた。
そして見つけたのはC-7の北西、少し深い雑木林の中にある比較的背の高い茂みだ。
雄太は身を低くし、その茂みの中で息を殺した。
それほど恐怖はない。
この非常事態を実感するには、彼の思考パターンは平和すぎた。
クラスメイトがどんな状況であれ、本当に殺し合いをするはずはない、と彼は強く信じていた。
もちろん根拠などない。
ただ、そう思っていた。


―― さっきの銃声だって政府のやつらかもしれない・・・。


平和すぎた。
今まで人を疑うことを知らずに育ったきた彼は、まさに”おめでたい男”だった。


しかしそんな彼も、異常なこの会場の空気を読み取り始めていた。
時折響く銃声。
放送で知らせれるクラスメイトの死。
そしてその加害者は間違いなくクラスメイトだという事実。
ひりつくような空気。
風は粘着質な死の予感を漂わせ、死のゲーム会場となった富士演習場を吹き抜けていた。


時が過ぎていくたび、雄太のからだは硬直していく。
彼は生まれて初めて他人を疑っていた。


―― 誰が僕を殺す?
僕は誰を殺す?――


にじみ出る汗は体中にまとわりつき、ねばねばした恐怖感を煽っていた。
鼓動は早鐘のように彼の体をノックする。
隠れてさえいれば何とかなるだろう、という彼の考えは甘すぎたのかもしれない。
死の恐怖は秒針がひとつ進むたびに大きくなる。


少しづつ。
確実に。


身を潜め数時間。
雄太の心は死への恐怖と、クラスメイトへの疑心に占拠された。
もう、優しさに満ちた武士沢雄太は消えていた。


―― やらなきゃやられる。






午前5:18。
惨劇は何の予告もなしに訪れる。


少し重いまぶたを必死にあけていた雄太の耳に届いたのは、葉がこすれ合う音。
急激に縮み上がる心臓。見開かれる目。
そして感じる気配。
もう真後ろで聞こえる息遣いにすばやく振り向く。


揺れる長い髪。
女子だ。


雄太を見下ろすその女子は・・・
岩崎美穂(女子1番)


頭脳明晰、成績優秀。
少し大人びた雰囲気と、控えめな性格は密かに男子の人気を集めていた。
奥さんにもらうなら岩崎だな・・・。
と、担任の竹内すらもいわしめる良妻賢母タイプ。
歯を見せて笑わない。
口に物を含みながら喋らない。
地面に直に座らない。
決してお金持ちではないが、間違いなくしつけが行き届いていた。
少々運動は苦手だがそれなりに可愛い女子。
そんな彼女が雄太に向けているのは、


銃。


そう、火薬により鉛の弾丸を弾き出す破壊を目的として作られた武器。


銀色に光るトカレフTT−33のトリガーにはしっかりと指がかかっている。
ロシアで開発された軍用銃。
ブローニングのコピーと囁かれるように、オーソドックスな銃身は誇らしげに雄太の額に狙いを定める。
使用弾丸はFMJ(フルメタルジャケット)弾。
殺傷能力よりも貫通性能へ重点を置く、そのとがった銃弾は並みの防弾チョッキなど軽く貫通してみせる。
もちろん人間の頭など3つ4つは楽に打ち抜くだろう。


距離、2m。


引き金は何の前触れもみせず引かれる。








ぱんっ







ちゅんっと、雄太の右足の近くの土が弾ける。
たとえ2mでも、何の訓練も受けてないような素人が撃てばこんなものである。
発砲の衝撃で銃口はぶれ、ポイントは平気で5cmくらいはずれる。


5cmずれれば2m先では、50cm〜1mくらいのずれになる。外れて当然である。


むしろ当てるほうが奇跡に近い。


岩崎美穂は右手に強烈な痛みを感じた。
若干、銃を下向きに構えていたせいで発砲の瞬間、銃身が下に向いてしまった。
右手は強い力で強引に押し曲げられた格好になり、右手首にかなりの負担がかかる。
右手首捻挫。
育ちのよいお嬢様は銃の撃ち方まではしつけられていなかったようだ。


ピンチがチャンスに変わった。
今なら容易にトカレフを奪い取ることができた。


が、そんな冷静な状況判断ができるほど雄太の胆は据わっていなかった。
大きな銃声。「ずきゅーん」とか「ばきゅーん」とかのTVで聞く音とはかけ離れた、ぱん、という乾いた音。
リアルだった。
右手を抑えうずくまる美穂を見つめながら、足は後ずさりを始めていた。


――にげる!
それしかない!
殺されるのは嫌だ!!


踵をかえすと一目散に走り出した。
美穂は痛む右手から左手にトカレフを持ち替え、追跡。


雄太は本気で走った。
足場のかなり悪い茂みの中をひょいひょいと器用に走り抜ける。
野ウサギのようにリズミカルに。
運動神経、特に走ることに関して言えば間違いなくクラスナンバーワン。
そのスピードは陸上部のエースすらも凌駕していた。
が、もともと強制されたりすることを極度に嫌がる雄太は、部活動などには全く興味など見せなかった。
そして、走ることにも別段興味を持っていなかった。
しかし、彼はこのときばかりは自分の足が速いことを誇った。


――よかった!
僕のスピードなら誰も追いつけないはず!
多分・・・。
でも相手はあの岩崎だ。
逃げ切れる。
ラクショーだ。


ふと、雄太の見上げる先に鉄塔が見えた。
無意識に鉄塔を目指し走る。
特に理由などないが、目標があればスピードは落ちない。
とにかくあの鉄塔を目指し。近くの物陰に隠れる。
相手の出方を伺い、距離を保ちもう一度逃走ルートを選ぶ。
それが雄太のとっさに思いついた作戦だった。
自分の能力と相手の能力を計算に入れた、雄太にしてはよくできた作戦だ。
変電所に誰かいるかも、という可能性を考慮していれば・・・。


雄太のその後ろからは驚異的なスピードで美穂が追いすがった。
異常なスピード。
人間やる気になれば何でもできる。
火事場のクソ力。
雄太との距離はそれほど離れてはいない。
夜明けの弱い光の中でも十分に目視できる距離。


もちろん銃は撃てない。この状況で当てられるならさっきの失敗などありえない。
転ぶかなんかで動きが止まったところを狙うつもりだ。
右手の激痛を必死に耐え、走った。


雄太も富士演習場第2変電所を目指し、全力で走った。















殺戮者を引き連れて・・・。



[残り28人]








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