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岩崎美穂は右手の激痛に耐え、武士沢雄太を追った。
こちらの殺意を感じ取られた以上、必ず殺さなければ自分の命が危ない。
美穂は泣き出しそうな顔を歪ませ、走った。
――こんなに速く走れたんだ・・・。
自分の隠された力に自分で驚いていた。
運動は、どちらかというと得意なほうではない。
むしろ苦手なほうだ。
と、周りもそして自分も認識していた。
窮地に立たされたとき、人はいつも以上の力を発揮する。
いわゆる火事場のバカ力の存在を、美穂はありがたく思った。
――必ず殺さなければ。
次にあった時、武士沢クンは躊躇なくあたしを殺す。
万が一武士沢クンがグループなんか組んだら、とてもじゃないが対抗する力なんかない。
確実に殺さないと・・・。
別に恨みがあるわけじゃない。
けど
殺さなければ殺されるのは私。
だってしょうがないじゃい。
私だって誰かを殺したりするのは嫌。
血を見るのも嫌。
暴力をふるうのも嫌。
でも
自分が死ぬのは嫌。
痛いのは嫌。
苦しいのも嫌。
生き残りたい。
武士沢クンとはそんなに仲良かったわけじゃない。
みんなだって殺してる。
クラスメイトを。
私だって、殺してやる。
武士沢クンを殺してやる。
雄太は何度も後ろを振り返り、走った。
――岩崎・・・。
あいつがこのゲームに乗るなんて。
あいつがやる気ってことは、
みんなやる気になってるのか?
怖い。
殺される。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ。
雄太は無我夢中で走った。
鉄塔を目指して。
やがて、雄太の目に変電所の施設が見えてきた。
自分の身長ほどのフェンスも見えた。
あの建物の影で上手く岩崎を巻ければ。
フェンス・・・あの高さなら多分大丈夫。
飛び越せるはず。
雄太はフェンスを飛び越えるべく、段取りをシミュレートした。
もう一度振り返り美穂との距離を測る。
約10m。
上手く飛び越えれば撃たれることはない。
美穂も変電所と、フェンスの存在に気付く。
――超えられる?あの高さを・・。
わからない。
でも武士沢クンはかなり運動神経がいいはず。
乗り越えられたとしたら?
・・・
でも、あの高さなら少しは手間取るはず。
それに着地の時だって隙ができるはず。
そこを狙って。
何度も撃てばもしかして一回は当たるかもしれない。
とにかくここで仕留めなければチャンスはない。
もし、うまくいかなかったら。
今度はあたしが逃げるしかない。
雄太はフェンスを飛び越えるため歩幅を調整する。
小刻みに歩幅を変え、踏み切りの足が右足になるように。
――大丈夫。僕の高飛び自己ベストは160cmだ。
雄太の目測は、フェンスを160cmの高さと踏んだ。
それは、ほぼ間違いではない。
正確には165cm。
上手く歩幅をあわせ、思いっきり踏み切る。
同時に右手でフェンス上部をつかむ。
状態を一気に引き寄せながら、左足を振り上げる。
高飛びのベリーロールの要領で、巻き込むようにフェンスを越える。
見事な放物線を描き雄太の体はフェンスの上を通過した。
見事だった。
美穂は立ち止まり慣れない左腕で銃をポイントする。
さっきのようなことがないように肘を十分に突っ張り、右腕で銃のグリップを支える。
雄太は左足で着地。体は反転し美穂と対面する。
その目に映ったのは、立ち止まり銃を構えるクラスメイト。
かなり力が入っているのが少し離れた場所からでもわかった。
危険を予測しすばやく左足を軸に体を反転させようとする。
ぱんっ
ぱんっ
二発の銃声が変電所内に響く。
被弾なし。
美穂は再び雄太の後姿にポイントし。引き金を引く。
ぱんっ
ぱん
ぱんっっ
ぱんっ
雄太は全力で走りながら6発の銃声を聞いた。体に痛みはない。被弾なし。
それでも死の恐怖は彼を走らせた。
かち
かち
美穂はようやく弾を切らしトカレフがホールドオープンしていることに気付く。
――全部外した。
予備の弾丸は!
しまった・・・。
さっきの茂みだ。
飛び出る前に地面に置いたんだ・・・。
身軽なほうが良いと・・・。
美穂は振り返った。
――弾をとりに行かないと!
雄太はすばやく、右手に見えた一階建ての建物の陰に隠れた。
顔だけを出して美穂の様子を探る。
後姿が見えた。
――逃げたのか?
とりあえず、危険は逃れたかな?
ふぅっとひとつ深呼吸をした雄太の耳に、再び危険を知らせる物音が響く。
――くそっ。ここにも誰かいるのか?
ばっと身を翻しすばやく周囲を確認する。
人影はない。
かた
という音が聞こえた。
―― この中か?
誰かいるのか?
雄太はすばやく周りを見渡す。隠れられそうな場所はい。
――さっきの銃声で僕の存在はばれてる!
くそ!
あ・・・。
そこで始めて気付いた。自分にも武器が支給されていること。
それがディパックの中にそのまま入っていること。
そして、それがなんなのかをまだ確認していないことに。
壁に背をくっつけたまま乱暴にディパックを肩から降ろし、すばやく中身を確認する。
肩から下ろすとき、妙にバッグが重いことに気付く。
だから、岩崎を引き離せなかったのか?
こんな重いもの担いでよく走ったな・・・。
ってか・・・よく気付かなかったな・・・。
半ば自分にあきれながらディパックをあけた。
――銃だ・・・。
雄太の支給されたディパックには、黒々と光る銃。
イスラエルIMI社製、UZIピストル9ミリサブマシンガン。
重量2kg弱。
映画などで見かけるマシンガンよりも小型、軽量。
雄太はごくりと唾を呑んだ。
すばやく銃を取り出して引き金を引いてみる。
動かない。
ディパックの中に白い紙切れが見えた。
取り出すと、取扱説明書と書かれている。
政府の金の桃のマークが眩しかった。
説明書どおりに安全装置を外し、ディパックを担ぎなおす。
――マシンガンって書いてあったけど・・・ずいぶんちっちゃいんだな・・・。
少しだけ、その威力を疑ったが間違いなく銃である事に変わりはない。
若干気持ちは楽になった。
相手が銃でもこれならば互角。
がた
と再び物音が響く。
小さな話し声も聞こえた。
――複数だ。
向こうは僕に気付いてるはず。下手に動けば・・・殺されるかも。
緊張で汗がにじむ。
UZIを握る右手が心細く感じた。
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