-40-
美穂は突きつけられた銃口を眺めていた。
呆然と。
死への宣告とも言える、銃口を。
一裕は、ただ黙ってまっすぐに美穂の額に銃口をポイントし続ける。
泣いていたのか、真っ赤に腫らした目でじっと美穂の顔を見つづけた。
遭遇してすでに20分。
この均衡は保たれている。
美穂の哀願は届いてはいない様子だった。
一度として銃を下ろす素振りは見せてはいない。
ただ、黙って美穂の額にポイントしつづけた。
午前5:57。
一度だけ、一裕は時計に目をやる。
左腕につけている、ちょっと高級そうな銀の時計。
美穂はもう何も言わなかった。
死にたくない。
何度も一裕にそう言った。
殺さないで。
何度も一裕に懇願した。
一裕の耳には届いていないのか、表情すら変えずにその言葉をやり過ごしている。
まるで何かを待つように。
じっと、動かなかった。
美穂はある意味でもう死んでいるのと同じだった。
ただ、死を待っていた。
一裕を出し抜いてその銃を奪ってやろうとしても、一裕には微塵の隙もない。
自分のトカレフは一裕の存在に気付いた瞬間、蹴り飛ばされていた。
右手首の腕の痛みも、もはやどうでもいいことになっていた。
いつ引き金を引くのか?それすらもどうでもいいことだった。
きっと助からない。それは火をみるよりも明らかだった。
冷徹な一裕の目に、迷いや戸惑いといった感情の動きは全くない。
興奮しているわけでもない。
ただ、黙って銃をポイントし続ける。
一度も言葉を発しなかった。
午前6:00。定時放送。
富士演習場全域に、気だるい坂本教授の声が響き渡る。
一裕の表情に若干の変化が見られた。
少しだけ、ほんの少しだけ。
教授の声は淡々と実務をこなす。
すでに死んでしまった生徒の名前を・・・冷静に、平坦に読み上げていた。
一人、また一人、死んでいった生徒達の名を読み上げていった。
「・・・あ、もう一人いたな船岡直子。以上です。」
最後の名前を告げ、教授は禁止エリアの発表を続ける。
「禁止エリアです。まず、H-1、B-8、B-9、で・・・
一裕は一つだけ溜息をつき、照準を調整する。
「・・・す。全て2時間おきに、つまり8時、10時・・・
美穂の体は再び硬直する。
死を覚悟したはずなのにいざとなるとそのもろい決心はいとも簡単に崩れ去った。
「助けて!お願い!!わたし死にたくないの!!」
「12時に禁止エリアに含まれま・・・
「お願い!!!こんなところで死にたくないの!!いやぁぁぁぁ!!」
「・・・す。気をつけてください。」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ぱんっ
美穂の体が被弾の衝撃で弾かれる。
見開かれた目は空を仰ぐ。
後ろに弾き飛ばされた体は仰向けに横たわった。
即死。
「やっぱり・・・夢なんかじゃなかったネ?」
「・・・直子。」
誰に向けた言葉か、一裕はそう呟くと少し淋しそうに笑った。
本当に・・・少しだけ。
[残り27人]
←back | index | next→ |