-42-
富士演習場ブロックBより南へ2km。
県道沿いから約700mはなれた場所では、Riot作戦本部設営のため工作員達が慌しく動いている、
運ばれた機材、端末をすばやく、的確に所定の位置に運ぶ。全く無駄のない動き。
それもそのはず、工作員達はこの設営のための訓練すらも、一月前から何度も繰り返し訓練してきていた。
鮮やか、とも呼べる作業を秋也はぼうっと眺めていた。
目覚めたばかりで若干まぶたは重く、頭の動きもいくらかは鈍いままだった。
「時間はない、こっちだ。」
千成隆志は秋也と典子を促して、テントの奥へ入っていく。
さっきまでの陽気な雰囲気は微塵も感じさせない。
ぴりっとした空気が隆志のまわりを包んでいた。
テントの奥には既に数人の兵士?が集まっていた。
手にはアサルトライフルが握られている。彼らは隆志の登場を無言で出迎える。
しかし、その目には隆志への絶大な信頼が伺えた。
根拠などはないが、秋也にはそう感じられた。
隆志の背中がさっきよりも大きく見えた。
「最後のブリーフィングだ。」
いるべき人間がここにいることを確認しながら、隆志は短くそう、言った。
兵士?達は口を開かずに隆志へ注目する。
「まず、ゲストを紹介しないとな。・・・秋也、典子、こっちへ。」
秋也たちは言われるままに隆志のそばへ立つ。
「彼ら二人が本作戦でのキィマンだ。97年度のプログラムの生き残りでもある。」
みんな無言だったが、ある者は頷き、
ある者は親指を立てて秋也たちを歓迎した。
秋也は、どこか場違いな場所に自分がいるような気がしていたが、
彼らの歓迎を素直に受け止め、気持ちを落ち着かせた。
「以前からの通達どおり彼らにはサイバーテロ作業を担当してもらう。」
テント内は相変わらず慌しかったが、浮き足立った、という印象は一切なかった。
全てがシステマティックに行われる様子を見て、
Riotの態勢がかなり高い水準であることを秋也も典子も肌で感じていた。
―― よかった・・・。
というのが秋也の正直な感想だった。
アメリカ(米帝)にいるときには電話や、パソコンを通しての画像の情報しか伝わらず、
実際のRiotの規模を正確につかむことはできなかった。
しかし、搬入作業1つに対して見ても、
Riotが遊び半分で政府に逆らっているのではないことは十分すぎるほど伝わっていた。
「作戦の変更、修正点はない。全て順当に進んでいる。」
隆志は大きくも小さくもないはっきりとした口調で伝えている。
テント内の緊張は、隆志の一言一言で張り詰めていく。
小さなテントの外側には大きな文字で「山梨県自治体クリーンアップ作戦」と書かれていた。
地元の自治体によるボランティアを偽装しているのだ。
もちろん工作員や実戦部隊員、秋也たちの右腕には黄色い腕章がはめられている。
そこにもやはり「山梨県自治体クリーンアップ作戦」という文字が緑色ではっきりと記されている。
「この作戦にイレギュラーは存在しない。
もし、イレギュラーが出ればその場で作戦は中止。即座に撤収だ。」
張り詰めていく空気の中、典子はあの日のことを思い出していた。
4年前の、あの日のことを。
あの島で行われた、殺戮を。
秋也もやはりあの日のことを思い返していた。
アイツとの約束を果たす日が来た。
その拳を、秋也は決意とともに強く握り締める。
「作戦開始はPM10:00。以上。配置につけ。」
短いブリーフィングはその言葉で終了した。
予め、幾度となく繰り返された作戦会議。この土壇場で確認することは何もなかった。
実戦部隊員たちも、迷いや不安等は感じさせない。
強い決意を感じさせるような眼差しと、ピンと張られた背筋が頼もしかった。
足早にテントを後にする実戦部隊員の中、一人が秋也と典子に近づいてきた。
少し足を引きずるように歩いている。
首から下げている、ロケット(昔流行った、小さな写真を入れられるペンダント)がきらりと光るのを秋也は見つめていた。
周りの者よりはかなり若い。23〜4といったところだろうか。
男は、秋也たちの前で立ち止まると、
「お前らを頼りにしているよ。プログラムから・・・救ってやろうな?」
と、言った。
小さな声だったが、不思議と重みのある言葉だった。
「早く配置につけ!」
隆志に怒鳴られ、男は背を向けテントを後にする。
その背中を見て、秋也はなぜか懐かしさを感じた。
何処となくアイツ、川田に似ているな?と思った。
顔が似ているわけでもない、体格が似ているわけでもない、声が似ているわけでもない。
それでも、懐かしさははっきりとした形で秋也に川田章吾を思い出させていた。
何処となく、寂しさをまとったような背中を秋也は黙って見送った。
「秋也、典子。セットアップ始めてくれ。」
隆志の声で秋也の思考は作戦に引き戻された。
Riot 2001年度18号プログラム襲撃作戦。
ミッションコードネーム、”deceive mirror”。
開始。
←back | index | next→ |