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2001年。


春。


米帝―――アメリカに渡った秋也と典子は、ニューヨークのダウンタウンで暮らしていた。
少し寂れた、築20年近くになろうとする安アパートメントの3階。
外壁には所々、もうどうしようもないといったような致命的なしみが浮き出ている。
治安はそれほどはよくない。
スラムほど酷くはないが、シティほど安心はできないといった具合に。
部屋の中の家具は、どれもこれもが中古品ですこし薄汚れている。
インテリアと呼べるほどの代物は、なに一つとしてなかった。
”お世辞にも、裕福で幸せな暮らし”といった様子は、部屋の様子からは感じられない。
それでも、秋也と典子は幸せだった・・・。



渡米してはじめの3ヶ月はどうしようもなく辛かった。
当たり前のように立ちふさがる言葉の壁。
無事アメリカにたどり着いたその日から、二人は徹底的に打ちのめされることになった。
現実に。
片言の英語とボディランゲージ。
仕事は見つからない。
基本的にアメリカでは、東亜人は高く評価されている。
”真面目な民族”
それでも、ほとんど英語が喋れなければ意味はない。
”真面目である”とか”仕事ができる”という前に、言葉が通じなければ給料の交渉も仕事を教えることすらもまともにできないのだ。
そんな面倒な人間を雇うほど、アメリカの景気もよくはなかった。



渡米して2週間。
秋也たちは浮浪者のような生活をしていた。
どの店に入っても、どの工場に行っても、薄汚れた、家もない東亜人を雇ってくれる場所はなかった。
いや、雇って欲しい、仕事が欲しいということが伝わったかすらも怪しかった。
半沢から受け取ったわずかなドルもあっという間に底を尽き、流石の秋也も日に日に口数が減っていった。
生きていることを辛いとさえ感じ始めていた。
”あのプログラムさえなければ”、とネガティブな思考は秋也の頭を支配していった。
典子はそんな秋也を見つめながらも、懸命に生きることに執着していた。
”約束”
船の上で交わした約束を、典子は忘れずにいた。
秋也が、少しづつ生きることを諦めていく様子を尻目に、懸命に仕事を探した。
時折、危ない目にもあった。
娼婦として街に立たされたこともあった。
もちろん、客との交渉中に「これは・・・。」と気付き必死で逃げたので事なきを得たが・・・。
しかし、そんな生活が3週間も続けば典子とて消耗していった。
すでに、最後の食事からは1週間がたとうとしていた。
どん底。
二人にお似合いの言葉だった。



しかし、典子が落ち込んでいけばそれを支えるのは秋也しかいなかった。
ネガティブな思考も行き着くとこまで行けば後は上がるだけ。
元々がポジティブシンキングの塊。
秋也は典子の疲れた顔をみつめ、再び仕事を探しはじめた。
「いいコンビだよな?」ちょっと強がって言ってみた。
典子は「yah」と覚えたての英語で返す。
そんな会話を二人は汚れた地下鉄の駅で交わした。
典子の髪は短く切られている。
東洋人の女の子が野宿などしていればあっという間にレイプされてしまうからだ。
いつも深く帽子を被り、眠る時は新聞紙を頭まで被った。
あの日、あの島で、命を落としてしまった方が幸せであるような気がしたのも事実だった。
それでも二人は、文字通り支えあい、何とかしてこの困難を打破しようと誓った。




I Want Job.
何度も繰り返した。
それでも答えはいつも
sorry.
それだけだった。

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