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渡米からはや4ヶ月。
仕事の忙しさと生活の充実感の中で、二人の心は満たされていた。
来月には、市民権をとるための手続きがほぼ終了する。
これで、晴れてアメリカ合衆国民としての本当の自由を手に入れることになる。
もう共和国は手出しはできない。
二人は手を取り合い生きていくことを誓った。
秋也は安物の銀のリングを典子にプレゼントする。
婚約指輪というにはいささか安っぽいが、それでも典子は涙を流し喜んだ。
まだ年齢的に完全には社会的信用を得てはいないし、法律上結婚が許された年齢に達してはいないので、二人は表向き柏木(Boss)の養子という形になっている。
それでも柏木からの資金的援助を一切拒み、二人は安アパートで二人だけの生活をスタートさせていた。
貧しいながらも楽しい我が家。
典子の顔にももう、暗い影は目立たなくなっていた。
優しい笑顔から曇りは消えかけていた。
表面的には・・・。
ある夜、秋也は夢を見た。
楽しく過ごす3−Bの教室。
瀬戸豊がくだらない冗談を言い、三村信史がそれに対してなにかわめいてる。
そんな二人を見て苦笑する、杉村弘樹。
ふと振り返ると、典子の姿を視線で追う慶時の顔。
平和な3−B。
目が覚めた時、秋也は涙がこぼれていることに気付く。
頬にはまだ、うっすらと涙がつたった跡があった。
こんなにもリアルに思い出せるほど”あの頃”は遠い過去ではなかった。
それを実感し、それでもその記憶を無理やり気持ちの奥に押し込んだ。
典子を悲しませたくない。
それが建前。
本音は、この生活を失うことが恐ろしかった。
このまま、平和に生きていたいと思った。
もっとも、秋也は明確に”それ”を自覚してはいない。
無意識のうちにはっきりさせることを拒んでいた。
その夜を境に、秋也は時折悪夢にうなされることになった。
あるときはあの”プログラム”での映像。
あるときは自分が殺されてしまう夢。
また、あるときは慶時やその他のクラスメイトたちに襲われる夢。
そのことを秋也は典子には言わなかった。
余計な心配をかけて、また典子の笑顔を曇らせてしまうのは忍びなかった。
しかし、典子はそんな秋也の葛藤に気付いてた。
そして典子もまた、過去の記憶に縛られ身動きができなかった。
それでも秋也に心配をかけまいと必死に笑顔を作りつづけていた。
お互いが、今の幸せな時間と死んでしまったクラスメイトたちへの罪悪感の狭間で、もがき苦しんでいた。
支えあうべき相手に対し、伝えるべきことを伝えることができなかった。
急激な時の流れは、二人にそれほどの親密な空間を用意することは出来なかった。
それを証明するように、二人はまだ一度も寝ていなかった。
秋也にとって典子は、親友の想い人であり、
典子にとって秋也は、憧れの対象であった。
少しだけ気まずいキスは何度か交わしたが、寝ることはなかった。
本当の意味でのパートナーとして、二人には乗り越えるべきものが多すぎた。
若干15歳の二人にはそれは棘の道であり、それを突き進むべき力を二人は持っていなかった。
幾度となく訪れる眠れるぬ夜に、二人は心を閉ざしかけていく。
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