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少しだけ重い雰囲気が秋也を包む。
浩二はじっと秋也の目を見つめ、慎重に言葉を選びかみ締めるように話しはじめた。
「―――――いまから、5年前。お前と、同じ年のときだよ。」
俺は15歳だった。
いろんなことに感動したり、喜んだり、落ち込んだり。
そうやって過ごしていた。
普通の、中学生だったよ。
好きなこもいた。
クラスではそんなに目立つ子じゃなかったけど、はっとするくらい綺麗な目をしてた。
たくさんものを喋る子じゃなかったけど、いつもその子のそばにいたよ。
いろんなことを話した。
好きな音楽のこと、好きな芸能人のこと。
これからの、将来の夢とか。
とにかく、たくさんの、どうでもいいような話。
みんなに冷やかされながらな。
俺は東京の、私立中に通ってた。
私立っていっても、そんなにがちがちの学校じゃなかった。
要するに設備が整っていて、金をかけた教育をする。
そういう、学校だよ。
うちは幸運にもいわゆる、金持ちでな。
親はとにかくそういう学校に入れとけば安心だと思ったんだろう?
子離れの出来ない母親と、その母親に文句の言えない気の弱い父親。
それが俺の家族さ。
そこで、浩二は言葉を切った。
忙しく動き回るジェイを呼び止め、今度はジュースではなく、ウオッカベースのカクテルを注文した。
秋也は?ときかれ、秋也もやはり同じものを注文した。
カクテルが運ばれるまで浩二は何も喋らなかった。
ただ、手のひらでピーナッツを弄んでいた。
秋也はただ、その弄ばれるピーナッツを見つめながら浩二の話の続きを待っていた。
少したってから運ばれてきた、モスコミュール(ウォッカのジンジャーエール割り)を二口飲み、浩二は続けた。
季節は冬だったよ。
その中学ではいろんな行事に使うため、生徒に積み立てをさせるんだ。
修学旅行や教材費。
そんなもんに使うための金な。
夏の課外授業の一つが、いろんな事情で潰れたんだ。
そのために使う金が余ってるってんで、卒業を目前にちょっとした卒業旅行が企画された。
郊外の遊園地に遊びにいくっていう、消化行事っていうのかな?
でも、みんな楽しみにしてたよ。
うちのクラスも、他のクラスも全員の進路は決定していた。
なんせ、私立中だしな。
付属の高校に行く奴がほとんどだったけど、なかには家の都合・・・まぁ、金の都合だな、それがつかなくて公立の高校に行く奴もいた。
お別れ会じゃないけど、思い出つくりには絶好の企画さ。
晴れ晴れとした顔して、ぎゃぁぎゃぁ騒ぎながらバスに乗って大騒ぎしてたよ。
・・・。
もう予想はついてるんだろ?
・・・
それは、プログラムだったよ。
秋也。
お前と一緒だよ。
おかしいなと思ったときは、もう、眠らされてたよ。
小さなホールで目を覚ました俺の首には首輪が巻かれてた。
上手く首が回らなかったよ。
お前達の時のよりは幾分大きかったからな。
・・・まぁ、まてよ。
何でそのことを知ってるかは後の話だ。
俺は震えていた。
プログラムだ。そう、確信してた。
やってきたのは高圧的な軍隊を引き連れた、おっさんさ。
ざっと、ルール・・・、ルールといえるほどたいしたもんでもないけどな?
説明が終われば始まりだよ。
その説明の最中、二人殺された。
一人はあんまりなかのよくなかった奴、一人は
親友だったよ。
やたらと正義感の強い奴でな、まぁ頭はよくなかったよ。
銃でぱん。
それでおしまいさ。
俺は恐怖と、怒りと、不安と、絶望でパニック状態さ。
大好きな女の子のことを気にかける余裕はなかった。
そのホールを飛び出して、大慌てで身を隠した。
そこで3時間ほどじっとして、初めて大失敗をしたことに気付いた。
仲のよかったやつや、大好きな子のことをすっかり忘れてた。
俺はどうせ逃げれないなら、その子を優勝させようと考えた。
ほんとに好きだったんだよ。
本当に。
このアメリカにきても、町を歩いてれば自然にそのコを探している。
いるわけはないんだけどな。
だって、
俺は、
その子を
殺したんだからな。
浩二は手のひらのピーナッツを握りつぶした。
肩は小刻みに震えている。
秋也は何もいわなかった。
何もいわずに浩二の言葉を待っていた。
最初に出くわしたのはそのコだった。
彼女は泣きながらナイフを振りかぶって向かってきたよ。
俺は、何とか説得しようとした。
だけど、言葉なんかが何の力をもつってんいうんだ・・・。
首の付け根を斬られ、左腕を刺された。
俺は泣いてたよ。
信じられなかった。
あのコが、あんなにかわいかったあのコが、俺を殺そうとしてた。
俺は引き金をひいたよ。
俺たちをプログラムに巻き込んだ、政府から支給された銃でな。
もう、みたくなかったんだ。
あのコの、あんな顔は。
俺は気がふれたよ。
彼女の死体と、火薬の匂いをかぎながら。
気が狂ったようにクラスメイトを襲った。
哀願の声なんか聞こえなかった。
それでも、不思議なもんだよな。
殺した奴の最後の、怯えた顔だけは今でも鮮明に覚えてるよ。
結局、俺は27人のクラスメイトを殺したよ。
新記録だったってさ。
見事、優勝。
最短記録には惜しくも届かなかったけどな・・・。
プログラム終了後、家に帰れば出迎えてくれたのは、過保護な母親と、気の弱い父親の死体だったよ。
俺はそのとき、完全に気が狂ったよ。
まぁ、あの国が言うには、だけどな
その後、俺は強制的に大阪の精神科に送られた。
しばらくはいわゆる"危険思想”をぶちまけてたよ。
この国をぶっ壊すだとか、この国を許さないだとか。
精神障害の烙印を押され、病室に閉じ込められた。
鉄格子のついた窓の、病室にな。
2ヶ月目で気付いた、このままじゃ一生この国を壊すことは出来ないとね。
それで俺はずっと何も喋らなかった。
本当に気が狂ったフリをしたんだ。
何も喋らず魚のような目をしてたよ。
しばらくすると、突然退院さ。
そのまま、大阪の公立高校に編入させられた。
住む家と毎月30万の振込みを与えられた。
半沢さんから電話があったのはそれから2ヶ月過ぎた頃だ。
そう、お前達をこの国に逃がした半沢さんだよ。
アメリカに行かないか?と。
なぜだかわからなかった。
どこで俺のことを調べたのか。
それでも、この国に復讐するならこの国にいちゃダメだ。といわれた。
いわれるがまま、俺はアメリカに逃げたよ。
それが俺がこの国にきた理由さ。
最後に半沢さんは俺に2枚のメモをくれた。
そのメモにはこのオフィスの住所がかれてたよ。
そして、もう一枚にはHPアドレスがかかれてた。
このオフィスにきて、お前と同じように英語を覚え、仕事を覚えた。
少しづつ、この国になれていった。
居心地いいよな?この国は。
辛かったことも少しづつ忘れらそうになってたよ。
もう、昔のことは忘れようと思ってた。
復讐も、少しづつどうでもいいような気がしてきた。
ある日、半沢さんにもらったメモがひょっこり現れたんだ。
どこにしまったか忘れてたんだけどな、俺がはじめて使った辞書の最後のページにはさまれてたよ。
アドレスが書かれたそのメモを、しばらくみてるうちにあることに気付いたんだ。
その日は、俺が、あのコを殺した日だってな。
俺はネットにアクセスしたよ。
アドレスを打ち込む手は震えていた。
何度も打ち損ねた。
やっと、正確に打ち込めた時、目の前に現れたのは”暴動”の文字さ。
そう、東亜で地下的に活動してるレジスタンス。
”Riot”のホームページだったのさ。
もちろん、サーバは海外のものだったよ。
どうやってこのページが作られてるのはわからなかったけど、そのサイトにはたくさんのプログラムや強制労働キャンプのデータが記されていた。
俺はそのサイトにたくさんの情報を提供したよ。
俺が、実際に見、感じたこと。
あらゆること全てを。
ふぅ・・・。長い話だったかな?
どうして、こんな話をしたか・・・知りたいか?
お前達が・・・大切なことを見失ってるように見えたんだよ。
俺と同じように。
そらしちゃけないことから、目をそらそうとしてるようにな。
お前達が、オフィスに来た時から俺は知ってたよ。
プログラムの生き残りだってことはな。
このメモを渡す。
Riotのサイトへのアドレスが記してある。
俺は、このサイトへ行くことを強要しない。
すべては二人で決めることだ。
秋也と典子で。
悪かったな。時間を取らせて。
秋也は何も言わず、メモを受け取った。
淋しそうに笑う浩二が、川田章吾と重なって見えた。
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