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真っ青な空が場違いなキャンバスのように頭上に広がる。
あの狭い、どこか閉塞感のある部屋を出て青空の下にいると少しだけ気分は落ち着いた。
少なくても空が青い事に気付く程度に。
しかし、体中には冷や汗がねっとりとまとわりつく。
じっとりとしたぬめりけのある汗。
広志は学ランのボタンを二つ外し、また深呼吸をした。

出発して15分ほど歩いた適当な茂みに、広志は身を隠していた。
膝はまだ少し、かたかたと震えている。
若干、緊張感からは解放されたものの死への恐怖はそのままだった。
あの教室のような部屋で最後に振り返ったとき、誰も――井上慶以外、広志と目を合わせなかった。
それが何を意味するのか、信じたくない気持ちのその奥で、うすうすと気付いていた。
みんな、少なからず――やる気になっている。
その疑心を振り払うように頭を左右に振った。
それでもやはり、恐怖だけは相変わらず広志の体を支配していた。

風が、隣に放り投げたかび臭い革の匂いを広志の鼻に運ぶ。
広志は、思い出したようにディパックを手繰り寄せ中身を確認した。
水が2リットル、地図と方位磁石、ボールペン、パン二つ、そして一番奥にはゴムハンマー。
広志はゴムハンマーを手に握りまじまじと見つめた。
大きさは柄を入れて30cmあるかないか、直径10cm程度の硬質ゴムハンマー。
金属を直接叩くときなどに使うハンマーだ。
ゴムとはいえそれなりに堅い。
まともに振り回せばちょっとした凶器になるだろう。
ぶんっと試しにふってみる。
思ったよりも重く感じた。

もし、もし――襲われたら、これで戦う―――のか?

また胸がきゅうっと締め付けられた。
戦う。
それがプログラム。
逃れる事が出来ない、殺人ゲーム。
勝者はただ一人。
最後に生き残った、一人。

自分の巻き込まれたこの状況に言い様もない怒りが込み上げた。
どうして?と。
自分の中でその疑問を投げかけても答えは返ってこなかった。
広志は無意識に感じていたのだ。

運が悪かった、と。

巻き込まれた理由などない。
ただ、選ばれた。
コンピュータの無機質な選択に。

どうあがいても、もう選ばれてしまったからには参加を強要される。
拒否すれば待っているのは、死。
それでも、広志はその事実を直視しなかった。

どうする?
このまま隠れているしかないか?
逃げたい。
逃げれる?
どうやって?
首輪を外して?
・・・。
ダメだ。
外せねぇよ。
どうやってつけたんだろう?
つけたなら外せるはず。
・・・。
ダメだ。
なんか金属で出来てる。
素手じゃ外せない。
大体、継ぎ目がわからねぇよ
鏡ねぇかな?
・・・。
もって来てないか。
備えあれば憂いなし。
諺ってすげーな。
そのとーりだよ。
俺、憂いまくりだよ。
誰かに見てもらう・・・とか?
いや、危険だろう。
大体どうやって頼むんだよ。
首輪外したいから、頼むよ。
ってか?
疑われて当たり前だな。
俺だったらこえぇもん。
この状況で他の奴を、例えクラスメイトとかいっても信じられねぇよ。
俺って薄情なのかな?
大体、もう誰か銃撃ってるし。
誰だよ?
撃ったの。
こェェよ。
マジで。
あー。
わかんねー。
どうしよう?
・・・。
あ・・・。
慶・・・。
あいつなんだったんだろう?
3と5。
何が言いたいんだ?
3、5。
さんご。
珊瑚。
青い珊瑚礁。
・・・。
あほか?
何考えてんだよ、んな時に。
うわ、俺パニックだよ。
落ち着け、落ち着け。

広志は一度目を閉じ、手を胸にあて深呼吸をした。
試合の前に、特に緊張した時にするおまじない。
広志はサッカー部。
2年の夏の終わりから主将としてまたゴールキーパーとして、エースの島村祐二と一緒にチームを引っ張ってきた。
名門、とはいえないまでもそこそこの強豪。
県大会常連で草加南地区では負けなし。
3年前に来た監督がチームを変えたのだ。
いつも的確なアドバイスをする、若い監督。
技術よりもメンタル面を重視する教育者的指導者。
もちろん、実力面では島村祐二に劣る柳原広志を主将に据えたのも彼だった。
広志のもってうまれたリーダーの素質を彼は見抜いていた。

リーダーの素質。
それは、平等である事。
自分の意見を抑える事のできる者。
それでもしっかりと自分の意見を持っている者。
広志はその条件を充分に満たしていた。
そしてそれを監督は充分に評価していた。

そんな彼がはじめて広志に与えたアドバイスは
「緊張してるか?緊張した時はな。こう胸に手を当てて、こう思うんだ。
”俺は緊張している”
とな。すると自然に力が抜ける。緊張しないようにすると余計な力が入る。
そんなもんだよ。人間なんて。」というものだった。
それ以来、必ずおまじないのように大きな大会や、大事な試合の前にやっていた。
おまじないをやれば不思議と落ち着いた。
いつもと同じプレイが出来た。

広志は呪文のように唱える。
「俺は緊張してる・・・俺はパニくってる。・・・俺は緊張してる・・・俺は――

いくらか落ち着いてきた。
目を開け、もう一度自問自答を始める。

慶。
大丈夫だ。
あいつは信用できる。
ずっと一緒にいた。
小学生からの付き合いだ。
ずっと一緒にサッカーやってた。
俺がキーパーで、あいつがデフェンダー。
草加南中の最終ラインを二人で守ってたんだ。
大丈夫。
・・・。
冷静だったはずだ。
焦ったときあいつは必ず俺にすがるような眼をする。
でも、さっきは違った。
まだまだ、イケルって眼をしてた。
3と5。
もう一回考えよう。
なんか意味があんのか?
3・・・。
5・・・。
そういえば口も動いてたな。
こう、”お”の口のあけ方だったな。
3・・・お・・・5。
3お5。

3の5。
か?
あ――――

広志はディパックから再び地図を取り出し、草の上に広げた。

3の5。

あの坂本とかいう理化のセンセーみたいなのが言ってたエリアの事か?

3−5。

地図の上に指を這わせる。

3・・・ってことはCだろ?
5・・・っ
なんもねぇ・・・。
意味わかんね・・・。
いや・・・逆にしてみよう。
縦を5だ。
5・・・だからEだ。
で、3・・・。
なんだ?
これ。
建物か?
ここが何だ?
あれ?
・・・。
ここに来いってことか?
待ち合わせか?
E−3に来いってことか?
・・・。
広志の指が示す地点はE−3。



専守防衛陸軍富士演習場ブロックB。
E−3エリア、第3種重機格納庫。






[残り36人]

 

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