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E−3、大東亜共和国専守防衛陸軍富士演習場第3種重機格納庫。
その敷地面積はBブロック最大。
普段は装甲車や地対空ミサイル発射台車、戦車などの比較的大きな重機が格納されている設備。
当然プログラム会場になった現在は全ての重機は移動されている。
悠然と構える巨大な6メートル超の鉄の扉は、所々赤黒く錆び塗装も幾分はげかけている。


広志はそんな扉を見つめながら溜息をついた。
E−3に到着したのはもう2時間も前のことだった。
地図を広げ、位置を確認するとすぐ出発した。
慶の示したサインを確認するためだ。
絶望だけが支配していた広志は、その”目的”によりいくらか冷静さを取り戻していた。
もちろん、仮に慶のサインが広志の考えたとおりだったとして、それでなにか打開策が見つかるわけでもなかったが、”クラスメイトを殺す”という行為を上手く飲み込めていない広志にとっては、このE−3エリアへ向かう事だけが生きることの理由だった。
ある意味では現実逃避的な選択だったが、体を動かしアタマを働かせる事で恐怖もとりあえず気持ちの奥のほうに押し込み、ごまかす事が出来た。

殺し合いなんてできない。

それが広志の打ち出した結論だった。
とにもかくにも磁石とにらめっこしながら何とかE−3エリアらしき場所までは来れた。
クラスメイトとの遭遇はなし。
一度、及川亜由美の後姿を見つけたがかなり距離があり、さらに亜由美はどこかへ向かい走っていたので戦闘にはならなかった。
胸をなでおろしながら亜由美の後姿を見送った。
その手に握られた銃の存在がリアルにこのプログラムを象徴していた。
クラス1の美少女が銃を握り会場を走る。
誰かを殺すためか、誰かに殺されないために。

日は既に傾きかけている。
うっすらとオレンジの色彩が西の空を彩り始めていた。
深く溜息をつき、自分の臆病さを呪った。
広志が到着してから建物の中に誰かが侵入した形跡はない。
20mほどはなれた茂みから、ずっと鉄の扉を睨みつづけていたのだからそれに関しては自信があった。
中に誰かがいる気配はなかった。
しかし格納庫自体、相当の広さを持っている事は一目瞭然。
とてもじゃないがその中の、たった一人の気配を鉄の扉を通して感じるということは不可能だった。
だから、広志は踏ん切りがつかずに茂みに留まる事となった。

慶ならば信頼できる。・・・はず。

この”はず”が引っかかっていた。
慶とは小学校からの付き合い。
地元のサッカーチームのジュニアからのチームメイトだった。
比較的家が近かったことと広志の母親が慶を気に入ってたという理由から、二人は練習の後も一緒にいることが多くなった。
大概が広志の家でTVゲームやサッカーについて熱い論議を交わすことが多かった。
広志は熱狂的なブラジルファン。
慶は組織的プレイのヨーロッパスタイルを好んでいた。
その対極した好みが二人の論議を熱くし、二人の仲を急速に深めていった。
しかし、どこか慶の物憂げというかなんというか、気軽に踏み込んでいけない領域があることに広志は気付いていた。
時々、ふとどこか遠くを見つめるような視線や仕草、そう言ったものが慶の心の深い部分を覆っていた。
なぜか、広志はそのことについて慶に直接問いただす事も、他の友人に話す事もなかった。
触れてはいけないような気がしていたのだ。
今、それが大きな障害となって広志と格納庫の鉄の扉の間に立ち塞がっていた。
土壇場で無条件に親友とも言えるべき存在を信じる事が出来なかった。

広志の考えは良くない方向へのみ流れていく。
もし、格納庫に慶が待っていたとして何をする気なのだろうか?
自分を殺すのではないか?
もしくは二人でこのプログラムを何とか生き残り、最後に自分を殺すのではないか?
慶はやる気になっているのではないか?
だから冷静だったのではないか?
もうすでに、あの部屋で自分を殺す事を決めていたのではないか?

際限なく疑心は深まっていく。

もう一方では、そんな事はない。
慶はなにか考えがあるのでは?
オレや他のクラスメイト達と知恵を出し合いなんとか脱出の方法を模索する気ではないか?
という可能性も捨てきれずにいた。

いつまでたってもその足は格納庫へ向かう事が出来なかった。

ぶつっというノイズが会場内を響き渡る。
「第一回目の放送です。」
どこに仕掛けられているのかわからなかったがスピーカーから男の声が聞こえた。
恐らくあの部屋にいあた白衣の男だと、広志は認識した。
ゆっくりと告げられる禁止エリア。
すばやく手元の地図に支給されたボールペンで印をつけその横に時刻を書きなぐった。
ほとんど無意識に。
地図に印をつけながら、殺し合いなどしないと決めた自分が、それでも尚生きたいと思っていることに気付いた。

「次にこれまでに死んだ人を発表します。」
広志の胸がどくんと鳴った。
体中の細胞がまるでざわつくように汗腺を緩める。
ただ押し黙り、呼吸する事も困難に感じながらその続きを待った。
まるで何十秒も過ぎていくように時の流れが遅く感じられた。
聞きたい、誰が死んだか知りたいと思う気持ちと、聞きたくない、現実を見せ付けられたくはない、という気持ちが交錯していた。

「女子15番 山口恭子。ただ一人だけです。
ちょっとペースが悪いですね。このままだと禁止エリアをもっと増やさなければならなくなります。
皆さんもう少しがんばって友達を殺しましょう。
それでは、次の放送は夜の12時です。」

一人。
微妙な数字だった。

まだ、一人。
みんながみんなやる気になってるって分けじゃなさそうな気が・・・。
山口。
結構ステキな評判が流れてたよな?
どっかのチームにはいってるとか、援交しまくりとか。
女子の間でも結構上辺だけの付き合いっぽかったし。
恨みも買ってたのかな?
あんまはなしたことないからわかんね―けど。
あーやっぱ俺って薄情だわ。
あんま悲しくねー。
ってかちょっとホッとしてる。
サイテー。
クラスメイト死んでホッとしてんじゃねーよ。
・・・。
ペースが悪いってことは?
普通のプログラムだったらもっと人が死んでなきゃいけないのか?
うちのクラスは比較的仲が良いから・・・ペースが悪いのか?
みんなやる気じゃないのか?
・・・。
俺みたいに思ってるやつ・・・いるのか?
・・・。
そうだよな。
みんな殺し合いなんかしたくないよな・・・。
俺だってやだよ。
生きて脱出する方法、探せないかな?
・・・。
ってかどうやって仲間になるんだよ。
信用なんかできねーよ。
んなゲームだし。
・・・。
慶。
とりあえず慶なら・・・。
大丈夫か?
信じれるか?
裏切られないか?
でも、一人じゃどうしようもない。
もし、みんなが俺と同じ気持ちだとしてらとてもじゃねーけど仲間になんかなれない。
信用できない。
どうする?
どうする?
・・・。
どうする?
決めろ。
決めなきゃ。
どうする?
行くか?
それとも死ぬか?
ほかに探すか?
いや、慶すらも信用できないで他の誰を信用しろってんだよ。
あほか。
くそ。
やっぱ行くか。
慶。
大丈夫だよな?
俺殺したりしないよな?
頼むよ、マジデ。
・・・。
どうせ死ぬなら、慶に殺されるか?
あーもういいや。
考えてもしょうがねー。
もし、慶が死んだらそれこそやばい。
いくぞ。
びびって動かなかったらそれこそ誰かにころされっかもしんねー。
ってか慶だって無事でいる保証はない。
あーもうビビンな!俺!
・・・。
行くぞ。
・・・。
行くぞ。
・・・。
くそ、踏ん切りつかね―な。
・・・。
よし、せーのでいくぞ。
せーので。
・・・。
せーの・・・。
・・・。
ダセェ。
・・・。
うわ、スゲー手に汗握ってる。
ほんと俺ってビビリだな・・・。
なさけねー。
二時間もこんなことしてんだもんな・・・。
あー自己嫌悪。
・・・。
よし、いくぞ。
いい加減いくぞ。
男だろ?
行くぞ。
行くぞ。
せーの・・・。


広志は勢いよく茂みから顔出しバッグを掴み、肩に担いだ。
若干足は震えているものの、その目は決意に満ちている。

勝負。

そう、自分に言い聞かせ足を一歩進める。
その瞬間一つの影が広志の視界に飛び込んで来る。
広志と同じように大きなバッグを肩にかけ、いうらか猫背気味に進んでいる。
その足は格納庫の鉄の扉に向かっていた。
またしても広志の心臓は大きく鳴り出す。
氷を背中につけられたように背筋が凍った。















「誰だ?」










広志がそう思った瞬間、よく通る声で影は叫んだ。
若干、声は上ずっている。
影は男子。
薄暗くてよくは見えないがスカートのシルエットではないと広志は判断した。
腰が抜けそうだ、と広志は思った。
右手はしっかりとディパックを掴んでいる。
声が出せなかった。
額に汗が滲むのを感じた。
体が揺れている。と広志は思った。
広志は体をがくがくと震わせていた。














そのシルエットはゆっくりと右手を突き出す。











「誰だ?・・・誰なんだよ?!」














沈みかける太陽が照らしたのは、銀色に光る銃口だった。
そしてその銃口はじっと広志を睨みつけていた。















 

 

 

 

 

 

 

 

[残り35人]

 

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