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午後8時。
辺りは不自然なほど静かだった。
虫の声と、風が草木を揺らす音だけが聞こえた。
何度か聞こえた銃声のような音が広志を不安にした。
それでも鉄の巨大な扉がその現実から守るように、格納庫の出入り口を遮っていた。
それが、広志を落ち着かせていた。
恐らく、裕也も慶もそう感じているはずだった。

まず三人が始めたのは、格納庫に忘れ去られたように置かれている工具の類を集めることだった。
モンキレンチ、スパナ、マイナスドライバー、プラスドライバー・・・
一通りの工具は揃っていた。
中には錆びてしまってその用途すらわからないものもあったが、中には高価な電動工具もそのままに放置されていた。
電源に必要なディーゼル式の発電機までがあった。

もちろん不自然さを感じない訳でもなかったが、きっとその他の重機の搬出でそれどころではなかったのだろう、と慶は説明した。
その読みは当たっていた。
この施設が会場に決まったと言う事は開始日の三日前に通達された。
もちろん外部に情報が漏れることを警戒しての対策だ。
武器になり得るであろう重機や、砲撃台に設置された地対空機関銃などの撤去を最優先し、その他の設備はほぼ手付かずに放置されたのだ。
もちろん万が一にも首輪が外されてしまったとしての対策も、政府は練っていた。
4年前のようなヘマはしない。
そのために総勢200名以上の兵士及び車両が、金網の外側に待機しているのだ。
もちろん金網にもサーモ設備が完備されている。
体温を保有する物体が金網を通過すればその場所を割り出し、本部コンピューターに送られ、そこから兵士を配置するという段取りだった。
城岩中プログラムがプログラムの進行をより完璧に近づけた。

そんな政府の万全の体制に気付かずに、裕也も、広志も目の前のたった一つの希望とも呼べる”首輪はずし”に期待していた。
一通り工具をそろえ、使えるものと使えないものを選り分けると既に時刻は10時を回っていた。
さぁこれからはずすと言う段階になって当たり前のように問題が発生した。

”誰の首輪で試すのか?”

もちろん失敗すれば爆発する。
恐らく政府は外される事を警戒して様々な防止策を凝らしている。
その事は容易に想像できた。
よく映画などである、間違ったリード線を切ってしまうと起爆装置が作動してしまうという”あれ”だ。

首輪に搭載されている爆薬がどの程度のものか正確には解からなかったが、プラスティック爆弾なら握りこぶし程度で人間一人木っ端微塵にするくらいは容易い。
ましてや、爆発するのは首だ。
ちょっとした爆薬で頚動脈は切断されてしまう。

3人はお互いの顔を見比べる。

口を開いたのは慶だ。
「俺の首輪でやろう。」
しかし、即座に広志がそれを否定する。
「だめだ。お前が見なきゃ解からないだろう?”俺のオヤジは電気職人だ。
俺が見れば多分わかる”っていったのはおまえだろ?
お前じゃなきゃ俺らは工具の使い方だって解からないんだぜ?」
そう言うと同意を求めるように裕也の顔を見た。
裕也は視線を外す。
コノヤロ・・・。
と広志は思った。
危険は犯さずに甘い汁だけ吸おうという裕也の汚さが鼻についた。
再び沈黙が訪れた。
しかし、広志は何かを吹っ切るように立ち上がった。

「俺の首輪でやろう。」
若干、語尾が震えた。
間違いなくびびっているが、裕也に押し付けたとしても無駄だろうと予想した。
2年とちょっと一緒にいれば、裕也が自分を犠牲にしてでも二人に助かって欲しいなどという素敵な心意気を持ち合わせてはいない事はわかっていた。
それでも、この雰囲気で仲間割れなどになることを恐れ、広志は名乗り出た。
こういう場の雰囲気を読めるところを監督は評価し、広志を主将に置いたのだろう。

慶は
「いいのか?」
と確認を促すように広志の目を見つめた。
広志はそれに答えるように親指を立てた拳を突き出した。
拳は震えていたが、顔は笑っていた。
「・・・よし、広志の首輪でやろう。だめならすぐやめるからな。安心しろ。」
慶は震える広志の拳を右手で下ろさせながら立ち上がった。

慶は慎重に広志の首輪の細部を点検した。
ゆっくりと、継ぎ目を見落とさないように。
広志は尋ねる。
「慶、おまえのオヤジが電気工事の職人ってのはわかるけど、爆弾までなんとかなるのか?」
慶は首輪から目を離さずに答える。
「所詮、機械だ。電池と起爆装置、発信装置、受信装置を切り離せば爆発させられなくなる。
俺だって、しょっちゅう親父の仕事の手伝いしてるんだ。
ラジオくらいならここにある材料で作れるぞ?任せてくれ。」
「それを聞いて安心したよ。」
と広志は言った。
乾いた声だった。
裕也はその二人を少し離れた缶に座り、見守っていた。
自分の意気地のなさ、自分の臆病さを露呈した事に対してバツの悪そうな顔をしているが、しっかりと誤爆にそなえ距離を取っていた。
そんな裕也の汚さを広志は無視する事にした。
心の中で”裕也は信用できない”、とレッテルを貼った。

しばらく広志は何も言わずにいたが、慶の顔が首輪から離れると訊ねた。
「どうだ?イケそうか?」
慶は一つ大きく息を吐き出しながら答える。
「継ぎ目がないんだ。唯一の継ぎ目は電気溶接してるみたいだな。」
「電気?溶接?なんだ?それ。」
「電気の熱で金属を溶かす溶接技術だよ。
ほら、鉄骨の建物建ててるときなんかに花火みたいにしてる奴あるだろう?
あれだよ。それなりに技術がいるけど、もっとも頑丈な溶接方式だ。」
「だめなのか?さっき見つけたちっちゃい丸ノコみたいのじゃだめか?」
「サンダーのことか?かなり熱くなる上にうっかり中のリード線きったらどうするんだ?」
広志はぐうの音も出なかった。
「じゃーだめなの?はずせないの?」
裕也が口を開いた。
お前はだまってろ!
と叫びたいのを広志は必死にこらえた。
「いや、削る。」
慶はそういいながらディーゼル式の発電機のエンジンを始動させる。
セルモーターがキュルキュルと音を立てたかと思うとババババババというけたたましい音を響かせた。
よく屋台なんかで聞く音に似てるなと広志は思った。
慶はサンダーのコンゼントを発電機のソケットに突っ込みスイッチを入れる。
フイィィィンっと音をたて勢い良くモーターが回る。
「ちょっと熱くなるかもしれないな、我慢しろ。」
と、慶は広志に短くそう言った。

回転する歯をそっと、首輪の丁度真裏にあてる。
火花が散り金属が焼ける匂いがした。
ギィィィンという音が格納庫に響き渡る。
しかし、すぐに発電機は音を止めその機能を停止する。
サンダーも惰性で回転を続けるだけだった。
広志は
「もう終わったのか?」
と聞くと、
「いや・・・」
と慶が答えた。
サンダーをテーブルに置くと、発電機の給油口を覗き込む。
軽油の、あの独特の匂いがした。
「ガス欠だ・・・。」
と慶は呟き天井を見上げた。
「ガソリンか?」
「あぁ・・・軽油がベストだけどな。」
「ないのか?ここに。」
慶は短く答える。
「ない。」

広志は目の前が真っ暗になった。
ごちそうが目の前で取り上げられるような感覚だった。

うなだれる広志に慶は言った。
「ガソリンがありそうな場所・・・なかったか?ここに来るまでに。」
広志は記憶を辿ったが思い当たらなかった。
「ない。」
と慶に告げると
「そうか。」
と答えるだけだった。

「その電動工具がなきゃ。ダメか?」
広志は再び口を開く。
「無理だろうな。普通の鉄ノコじゃノコの刃の方がだめになる。」
「・・・。お手上げか?」
「あぁ。」
「・・・。」
「・・・。」
しばらく考えをめぐらせ広志は口を開く。
「探しに行こう。ガソリンを。」
「どこへ?充てはあるのか?」
広志は口をつぐんだ。
充てなどなかった。
それでも”ガソリンさえあれば何とかなるかもしれない”という可能性を捨てて諦めてしまうのは我慢ならなかった。
「ここで諦めて、殺されるのを待つのか?」
広志は慶につめより、続ける。
「もしかして、脱出する手段があるのに?それなら危険を冒してでもガソリンを探しに行こう。」
自分の口から出た、勇気ある発言に広志は驚いていた。

あ、俺・・・いまちょっとカッコイイか?

慶は無言で広志の目を見つめ、決心したように目を閉じた。
「わかった。探しに行こう。」
広志は少し戸惑った。

え?
あ、やっぱいくのか?
うわ、今になってびびって来た。
外はいるわけだよな?
その・・・
ヤル気になった奴が・・・。
あ、汗出てきた。
きもちわりぃ。
シャワー浴びてぇ。

「裕也はどうする?」
戸惑う広志には気にとめずに慶はすばやく武器を点検しながら身支度を整えた。
裕也はまた、視線を地面に落とし口をつぐんだ。
”行きたくない”の意思表示だった。
慶は小さく溜息をつき裕也の支給武器であるグロック19を手渡した。
「奥の廃材に隠れてろ。だれか来ても息を潜めて、危なくなったらこれで撃て。」
そう短く告げ広志にゴムハンマーを手渡す。
「しっかりお留守番してくれよ。」
と皮肉にも聞こえる言葉を裕也に投げつけボウガンを手に取り歩き出した。
広志は学ランを羽織ながら裕也に視線を向けた。
グロック19という名の拳銃を握り、うつむいていた。

「広志?いくぞ。」
すでに鉄の扉にむかい、歩き出してる慶はそう、広志に言った。
”おう”と言う意思を、右手をすっとあげ伝えた。
裕也の握り締めるグロックが鈍く光った。

うなだれる裕也になにか声をかけるべきだと思ったが、何も思いつかなかった。
広志は裕也に背を向け、慶に追いつくために小走りで鉄の扉へ向かった。







[残り34人]




 

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