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広志は身振り手振りとで説明する。
自分の気持ちを。
「首輪をはずして、ここを出よう。
それができるかもしれないんだっ。
もし、殺し合いがしたいなら首輪を外してからでも遅くはないだろ?
ってか、首輪が外せれば俺たち殺し合う必要なんかないだろ?
あぁ・・・なんかナニ言ってんだかわかんなくなって来た。
だから、つまり、・・・。
首輪をはずして、いや、違う。
首輪をはずすから、それを、それに、
俺たちと、ってか
あぁ・・・っ。
ちょっと待ってくれ、
えっと―――」
広志は一つ呼吸をいれる。
「首輪を外すっ。
・・・協力してくれ。」
しどろもどろになりながら、整理のつかない焦りの中で、
口から唾を飛ばしながら早口でそれだけ言ってしまうと、深い息を吐き圭介を見る。
静寂。
圭介はその言葉を受け止め、慶を見る。
迷いが全面に出た、不安げな目で。
慶は口元に少しばかりの笑みを浮かべ、ボウガンをゆっくりと地面においた。
そして何も持たない両手を広げ、首を傾げて見せた。
広志もゴムハンマを投げ捨て両手を広げた。
圭介はひとしきり迷う。
銃を置いたとたん、二人が襲い掛からない、という保証はどこにもない。
交互に目を見る。
二人ともまっすぐな目で、圭介の目を覗き込んでいた。
沈黙。
やがて、圭介はゆっくりと照準を外す。
表情には戸惑いが隠し切れていなかったが、気持ちは傾きかけているのが広志でもわかった。
広志はゆっくりと口を開き、一語一句、はっきりと発音する。
「協力、してくれ。」
とどめの一撃が圭介を貫く。
じっと目を見詰める広志の目が、強く輝いて見えた。
銃を静かに置き、一歩後ろに下がった。
そして二人の目をもう一度みつめ、口を開く。
「悪かった・・・。疑って、悪かった。」
広志の口から息が漏れる。
体中の力が抜け、へなへなとその場にへたれこんだ。
「びびったよ・・・。うわ、すげー汗。」
額を拭い、その湿った手のひらを圭介に見せた。
圭介の顔にもうっすらと笑顔が浮かぶ。
慶は圭介に右手を差し出した。
圭介はぼぉっとその手を見、それが握手を求めているのだと理解して慌てて右手を差し出した。
「お前も、すごい汗だな。」
笑みを混ぜたその声で、完全に緊張はどこかへ姿を消した。
午後11時46分。
「―――で、高無がその場を立ち去ったんだな?」
「あぁ、バット持ってたよ。」
「圭介危なかったなー。なんで追っかけてこなかったんだろ?」
「わかんねーけど。結構離れてたし、ほら、右手打たれてるだろ?」
「あの、本部ってところで撃たれたやつだな・・・。」
「うん、あれ結構痛くて、さすがに追い掛け回す気力はなかったんじゃないか?」
「俺も、そう思うよ。」
「そういえば、慶、島村にもサインだしたのか?」
「出したよ。」
「じゃーここにくるかな?」
「いや、目の焦点があってなかったし、理解してないと思う。」
「そか・・・。」
「ガソリンは朝になったら探しに行くのか?」
「いや、暗いうちに動いた方が安全だろう。」
「じゃ、早くいこうぜ?」
「いや、放送を聞きたい。」
「放送?定時放送か?」
「あぁ、それでどれくらいの奴がやる気になってるのかわかるだろ?大体だけど。」
「なるほどね。さすがに冷静だな副キャプ。」
「それは正キャプに対する皮肉か?圭介。」
「はは、冗談だよ。」
「で、ガソリンのあるところの目星はついてるのか?慶。」
「軽・油な?ガソリンは軽油がなければの話だよ。目星はついてない。ただ、この地図にある赤い印は多分、建物とか設備を表してるんだと思う。現に、ここも格納庫って設備だったしな。どこかにあるだろ・・・と期待するしかない。」
「もし、軽油がなければ首輪は外せないのか?」
「いや、継ぎ目を削って開ければそれがもっとも危険の少ないやり方なんだよ。最悪、軽油がなければ―――
―――高橋の死体から首輪をとってバラす。」
「死体・・・って・・・首を切るのか?」
「そうだ・・・。」
「・・・いやか?」
「・・・。」
「・・・。」
「いやだったら・・・なんとか軽油かガソリンを探してくれ。」
「・・・。」
「背に腹は代えられないってこんなとき使うのか?」
「どうかな?」
「仕方ねーよ。高橋には悪いけど・・・協力してもらおう。」
「・・・。」
沈黙が三人の議論を終わらせた。
みんな一様に、首輪をはずされる哀れな高橋光也の死体を想像する。
光也の生首がうっすらと笑みを浮かべている。
広志はぞっとしつつも気を取り直そうと深く深呼吸した。
すこし埃っぽいざらついた空気が、湿った夏の始まりの匂いを感じさせる。
熱いアスファルトの上に降り注ぐ雨の匂いに似ていた。
ふと、裕也の様子を伺う。
両膝を抱えたまま、議論には参加せずにただ、宙を見つめている。
広志はそんな裕也を心配しつつも、見てみぬふりをしようと思った。
正直いって、他人の面倒をみるほど自分には余裕がない。
というのが言い訳だった。
裕也がすねている最大の理由は、嫉妬だった。
3人で脱出することを誓いあったのに、混乱していたとはいえ自分から武器を奪い、裕也に銃を向けた圭介と和やかに話し合っている。
もちろん、仲間は多い方が良い。
その輪の中に入りそびれてしまったのは裕也が圭介をまだ、信用していなかったからだ。
見た目には圭介は警戒を解き、仲間として迎え入れられ、仲間として二人を信用している。
それでも釈然としないものがそこにはあった。
自分はこの首輪はずしに非協力的だった。
しかし、それは臆病だったからであって二人を信用していなかったわけじゃない。
圭介は自分をみつけるなり、力ずくで銃を奪った。
そして、その銃口を額に押し当てた。
恐ろしかった。
あの時の目が脳裏に焼き付いていた。
今は柔らかい表情の圭介の顔に、あの時の目が重なる。
まともに圭介の顔を見る事が出来なかった。
二人は非協力的な臆病な人間よりも、いざとなればクラスメイトすら殺そうとする男を信用している。
もちろん、誰もそんなことは言ってはいなかったが、裕矢はそう感じていた。
嫉妬。
それが、裕也の気持ちを表す最も適当な表現だった。
やがて、演習所のスピーカーがががっとノイズをたてる。
ゆっくりと闇の中、死者の名を告げる。
禁止エリアというカウントダウンは更に3つ、追加される。
そして、プログラムは二日目に突入した。
[残り34人]
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