-63-
「やってしまった。」
斉藤知子は血で濡れたナイフを見つめながら、そう何度も頭の中で繰り返していた。
「やってしまった。」
目の前には仰向けに倒れ、血まみれの顔を月明かりに照らされている野口順平の死体があった。
「やってしまった。」
震える足がかたかたと一定のリズムを刻む。
「やってしまった。」
―――本部。
質問―――
意に反した解答。
その時点で、知子の思考回路はその機能を果たさなくなっていた。
プログラム。
クラス全員でクラス全員を殺しあう。
目的も効果も理解できない、イベント。
国防上、重要なデータを取るため。
という、わけのわからない大義名分のもとに行われる殺人ゲーム。
仲良しクラス3−3。
全員で殺しあう。
名前が呼ばれるまで知子は何も考える事は出来なかった。
あふれ出る涙を拭う事も、出来なかった。
ただ、涙を流す。
絶望。
もう、とめられない。
それだけが知子に理解できる事の全てだった。
「女子番。斉藤知子。」
名前が呼ばれた瞬間、それはなんだか自分の名前じゃないような気がした。
斉藤知子。
クラスでは親分肌の面倒見の良い、女子。
明るく、さばさばとした性格と、もって生まれたリーダーシップでクラスの中心的な人物。
教師からも信頼され、友達にも恵まれる。
誰かの悩みを真剣に聞き、誰かの涙を優しく拭ってやる。
悪ふざけの過ぎる男子にぴしっと意見を言う。
騒がしいホームルームを何とかまとめる。
テストの成績も落とさず、部活動もきっちりとこなす。
気取らない。
知子はゆっくりと立ち上がる。
足が地に付かない、そんな感覚をはじめて体感する。
やがて、空気が凝縮されるように重くなり、緊張が張り詰めていく。
兵士達は銃の照準をおもむろに、知子に合わせる。
動かなければ―――
名前を呼ばれた以上、この場を去らなければ。
その危機感は空気を伝わり、知子に届く。
そうして、知子はこの本部を去る。
自分の意志ではない、動かされているのだ。
と、言い聞かせながら・・・。
[残り34人]
[image] | ||
[impression] | ||
←back | index | next→ |