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■いじめ いぢめ 【苛め】
自分より弱い立場にある者を、肉体的・精神的に苦しめること。
「陰湿な―」「学校での―が問題になっている」
大辞林第二版より抜粋
小学5年生の時だった。
きっかけは些細な事だ。
どうでもいいことを、言っただけだった。
それが、傷をえぐった。
クラスでもっとも目立つ存在、尾形佳織のココロの傷を。
斉藤知子は、何気ない自分の一言が、
尾形佳織の幼いプライドを傷つけた事には気付かない。
それまでは、知子もわりとクラスの中でも目立つ方だった。
活発で明るく、スポーツが得意だった。
大半の小学生がそうであるように、文学的に優れているよりも、
運動能力の高い者のほうが目立つ。
そして、足の速さがクラス内の権力を示しているといってもよかった。
そんな中、尾形佳織と斉藤知子はクラス内でも人気を二分する足の速さだった。
当然、それほど仲良くはない。
もちろん、いがみ合っているわけでもなかったが互いに意識しあい、無意識に距離を保っていた。
両雄並び立たず、というわけだ。
客観視点からいうと、知子と佳織のクラス内での勢力は佳織のほうが若干上だった。
それは佳織が知子よりも、容姿的に美しかったという、
それだけの理由だったけれど。
小学生といえども、社会的な権力や勢力、そういったものには敏感だ。
むしろ、大人よりも露骨にそれが表れている。
”長いものには巻かれろ”
人間が生まれた時からもつ、動物的本能。
社会に出たとしても、まだ小学生だとしても、それは変わらない。
「佳織は背が高くて羨ましいよね。」
小学生のイヤミ。
ちょっとしたことから、体の成長の度合いの話になった。
めずらしく、知子と佳織は同じ話の輪の中にいた。
もちろんお互いを意識しあっていることは変わらなかったが。
「知子って小さくてかわいい。」
そう言ったのは佳織だ。
満面の笑みを浮かべてはいたが、知子には
「知子って子供ね?」
と、言われているようだった。
まるで、”自分の方が大人”、”あなたよりは上”。
そう言われている様で知子は腹を立てた。
しかし、顔には出すずにソレを切り返すように言う。
「佳織は背が高くて羨ましいよね。」
ちょっとだけ、イヤミを込めた。
「あんたがでかいだけでしょ?」と。
空気が凍りつくように固まる。
佳織派の女子たちが伏し目がちに言葉を捜す。
しまった。という表情が浮かび上がっていた。
知子はなんだかわからなかった。
ちょっとだけスパイスを効かせた受け答えのはずだった。
佳織は、この前の日、初恋を散らせたばかりだった。
同じクラスの男の子。
足の速い、男の子。
しかし、色恋沙汰にはまだ早すぎたのかもしれない。
「俺、オマエのことなんか好きじゃないよ。だって俺よりでかいじゃん。」
それだけ言うとサッカーボールをもって校庭に駆けていった。
あまりにもデリカシーのない返事。
もっとも、小学5年生の運動バカ男子にデリカシーやら、ジェントルを求めるのが土台、無理な話だった。
佳織は傷ついた。
そして167cmの、小学生にしては大きすぎる身長を呪った。
大きなコンプレックスを更に大きく成長させた。
そして、知子の一言。
「佳織は背が高くて羨ましい。」
意識が憎悪に変わる瞬間だった。
しかも、その運動バカ男子は噂では知子を想っているという。
条件は完璧に揃っていた。
その、次の日。
ソレははじまった。
「おはよー」
そう、言いながらいつものように教室に入った瞬間に、知子はいつもとは違う教室の雰囲気を知った。
冷たい、冷蔵庫のような冷気が漂っていた。
誰も、返事をしなかった。
誰も、知子の姿さえ確認しようとはしなかった。
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