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シカト。
それに知子が気付いたのは、給食の時間。
通常、給食の時間は予め決められた"班”で固まり、3対3に机を向かい合わせる。
知子の両隣は女子。
向かいの三つは男子だった。
いつもはぴたりとつけている両隣の机がわずか、1cmだけずらされていた。
その隙間を見つけた瞬間に、知子はわずか1cmの遠さを痛感した。
たった1cmの。
じきに収まるよ。
どうしようもない、疎外感と孤独を押し付けられながら、
知子は自分にそう言い聞かせた。
――― 一週間後、その微妙な空気は当たり前のように男子にも広がる。
事情はよくわかってはいなかったが、男子はひとつのゲームのように便乗した。
”バイキンサイトー”
知子は空気感染するウィルスとして扱われた。
知子の体を触ると、"サイトー菌”が繁殖する。
そして触ったものは誰かになすりつけるまで繁殖し続ける。
それがゲームのルールだった。
ゲームは悪ノリし、知子の体だけには留まらず、
机、椅子、教科書、ペン、知子の触ったもの全てに”サイトー菌”がつくとされた。
あまりにも馬鹿げた、子供じみた遊び。
それでも男子はおもしろがっていた。
知子を想っていると噂された、あの、
運動バカの男子すらも奇声をあげながら”サイトー菌"から逃げ回っていた。
もし、ここで知子が泣き出してしまえば、もし、弱い部分をさらけ出せば、
良心をちくちくと傷めていた、女子が優しい声をかけたかもしれない。
佳織の力もそれを阻もうとはしなかっただろう。
しかし、知子は泣き出さなかった。
ふてぶてしく、鼻を鳴らし、佳織を睨みつけていた。
あくまでも強い姿勢を崩さずに、まわりの女子と男子を見下した。
決して屈しようとはしなかった。
ほんの小さな粛正から出来上がった小さな溝は、知子とクラスを隔てる大きな壁となった。
1ヶ月目。
孤独を胸に、ただじっと耐えた。
サイトー菌の遊びは女子にも飛び火し、
クラスメイトの全員はあからさまに知子を避けた。
2ヶ月目。
泣き出しそうになるのをただじっとこらえた。
学校を休む事もしなかった。
低俗なイジメに負けを認めてしまうことが、
尾形佳織に屈する事が許せなかった。
ブス。
バカ。
チビ。
気取ってんじゃねぇよ。
臭い。
サイトー菌。
死ね。
いなくなってもいいよね?。
空気が悪くなるから。
エンガチョ。
うわ、サイトーにさわっちった。
えー隣の席サイトーじゃん。すげーやだ。
バカって移るらしいよ?
学校こなくていいよ。
死んで欲しいヤツNo.1。
どれも聞き飽きたセリフだった。
3ヶ月もすれば、いちいち傷ついているのもバカバカしくなっていた。
知子は決して自分から和解しようとは思わなかった。
4ヶ月目、教師がやっとクラスの異変に気付く。
そして、小さく舌打ちをついた。
チッ、と。
知子はその時の教師の冷たい目と、小さな舌打ちを一生忘れないだろうと思った。
5ヶ月目、イジメという名の粛正は完全に姿を消していた。
残ったのは、心を閉ざした少女一人だった。
知子は誰とも口をきかなかった。
家族とも、教師とも、もちろんクラスメイトとも。
仲良くしていた親友は何度か電話をかけて来ていた。
が、取り次がれた受話器を、何も言わずに乱暴に投げ捨てた。
「私は悪くない。」
そう信じていた。
明るい知子は死んだ。
知子は誰かを信じる事の出来ない少女となり、季節を越える。
やがて、6年生になり、夏休みを迎える。
眠れない夜にじっと夜明けを見つめ、知子は孤独を噛み締める。
アルミニウムを噛んだように、ズキと胸に痛みが走る。
深いコバルトの空の向こうに後悔を見つける。
もう戻れないことはわかっていた。
それが知子をどん底に突き落とす。
変身願望―――
孤独と後悔を抱く少女の胸にソレが宿るまで、そう長い時間は掛からなかった。
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