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リセット



今までの自分をリセットする。
新しい自分を創める。
演じる。
理想の女の子を演じる。
力を手に入れる。
トップに立つ。
演じて、トップに。
誰にも文句を言わせない存在。

優しくて、
勉強ができて、
それでも気取らなくて、
運動が出来て、
誰にでも気さくに声をかけて、
明るく、
羨望の眼差しを謙虚に受け止め、
正義、
強く、
かわいらしく、
たまには甘えて、
仲良く、

知子は両親に土下座し、越境通学を申し出る。
親戚の家の住所を借りて、一時間かけて”草加南中学校”に通いたいと主張した。
もちろん、イジメのことは両親には話していなかったが、親もバカではない。
噂や娘の反応を見ていれば、それはわかりすぎるほどわかっていた。
娘の切なる願いを突っぱねるわけにはいかなかった。
知子の両親は条件を提示する。
”かならず四年制の大学を卒業すること”
”結婚相手に関しては親の意見を考慮すること”
”それを必ず守る事”
知子に選択の余地はなかった。
その条件を呑み、草加南中への通学のゆるしを得た。

草加南中は公立のくせに私立よりも人気は高かった。
スポーツがさかんで、なによりサッカー部は全国区だ。
それに伴い勉強のほうでもレベルは高く、県内有数の進学校への特別な推薦枠も用意されている。

だから、越境通学も珍しい事はない。
親戚も住所変更を快諾してくれた。
知子は”理想の女の子”を演じる舞台を手に入れた。

そして、偽りの斉藤知子を演じ初めた。



ステキな友達がたくさん出来た。
あくまでも、客観的にだけれど。
中でも一番ウマがあったのは、船岡直子だ。
どこか悟りきった雰囲気や、感情を表に出さない部分が、気楽だった。
美しい顔は少しだけ知子の劣等感を浮かび上がらせたが、
あまり笑わない直子の表情に、”可哀想”という優越感を強引にかぶせ、やり過ごした。
友達の少ない直子をグループに入れてあげてる、と思われていることを知り、尚更直子を好きになった。

歪んだ、好意。

彼女が望む”女の子”を演じはじめ、そしてそれが予想を越えて成功しても、
彼女が本当に満たされた事はなかった。

夜中にこっそりと教科書を開き、必死に勉強をする。
教室では、優雅に黒板へ解答を導き出す計算式を書く。
「勉強なんかしてないよー。たまたまだよ、たまたま。」
テストの点数がよくても、そう答えた。
もちろん、恥かしそうな赤い顔で。
練習したのだ。
真っ暗な部屋で、自由に顔を赤らめる方法を。
見たくもないつまらないTVを見た。
話題についていくため、話題を作るため。
本も読んだ。
雑学を詰め込むため。
つまらない少女小説や、少女漫画も読んだ。
ドキドキしてるふりをしながら。
それも話題についていくため。話題を作るため。
「好きだ。」と告げられても、恥かしいそうにうつむく。
そして、涙を浮かべ首を横に振る。
何も答えない。
YESともNOとも言わない。
やがて、緊張に耐えられなくなり男子は逃げる。
「ごめん、忘れてくれ。」
と言い残して。
そして、知子は感情のない涙を拭い、ふんっと鼻を鳴らす。
多感な思春期を知子はそうやって過ごしていた。
感情を押し殺し、すり減らし、演じるために過ごしていた。
だんだんと本当の自分が見えなくなる。
本当の感情がわからなくなる。
ちょっとした冗談で声をあげて笑いながら、もう一方の自分は薄い嘲笑を浮かべる。
恥かしそうに顔を赤らめながら、もう一方の自分はぼうっと宙を見つめる。



彼女の感情はどこかに消えてしまったわけではない。
それは分断され、隠され、捻じ曲げられ、どこかに置き去られてしまった。
そして、それは、彼女自身が望んだ事だった。



死の恐怖に怯えている、その感情もニセモノのような気がする。
F−4の雑木林で震える膝を抱えながら、知子はそう思う。
やがて、その目には涙ではなく、狂気がのぞいていた。




―――――殺サナケレバ

殺サレルマエニ――――



震えは少しづつ、消えていった。





 

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