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ヤラナキャヤラレル―――
―――アタシハシニタクナイ
マタ、ハジメナイト―――
―――マタ、アタラシイバショデハジメナイト
ダカラ殺サナイト―――
―――ヤラレルマエニ

日は完全に沈み、夜の闇が会場を包む。
遠くで虫の音と銃声が聞こえた。
知子の膝の震えは完全に収まり、呼吸も静かだ。
支給されたバッグの中に入っていた、
拳銃――スミス&ウェスンM19/357マグナムを握り締めたその手には、
もう先ほどのような粘っこい汗は姿を消していた。
鼓動は幾分早いものの、ほどよく高揚した状態と言える。

臨戦体勢。

イツデモイケル――と知子は感じていた。
目的意識がはっきりとしたクリアな頭の中に、迷いという言葉は存在していなかった。
何かを失う事に恐れもなかった。
と、いうよりも既に知子はかけがえのないものを失ってしまっていた。
自ら望み、手に入れた”理想の女の子”
そのポジションは3−3の中でのみ認知された、閉塞的なチカラだった。
もちろん、そこに収まるために習得した様々な事、
自由に頬を赤らめる方法や、培った、知識、教養。
冷静な状況判断能力と振る舞い、は失われる物ではないが、
ソレを発揮し、積み上げてきた舞台を知子は取り上げられてしまったのだ。

演じる舞台のない、女優はその手に握られた新しいチカラで、
用意された新しい舞台で、悪役に徹することを誓う。
もう一度、お気に入りの役を演じるためには生き延びなくてはいけない。
五体満足で。
難しい事は百も承知だが、そんなことは問題ではなかった。

もう一度、もう一度、手に入れる。
もう、後悔はしない。
このお芝居はもう終わり。
だからみんなイラナイ。
生き残れば、優勝すればまた、はじめられる。
誰も知らない場所でまたはじめられる。

知子は壊れてしまったのか?
それは検討はずれの疑問だった。
すでに知子は”斉藤知子”を演じはじめたその瞬間に壊れてしまっていたのだ。
もう、一握りの感情も残っていなかった。
いや、感じ取れない、といった方が正しいだろう。
彼女は感情というファイルをシステムフォルダの奥深くに押し込み、見失ってしまったのだ。

ゆっくりと顔を上げる、その目には月が輝いて見えた。
スポットライトをあびて、知子は立ち上がる。

はやく、拳銃の――スミス&ウェスンの感触を確かめたかった。
散策用に持って来ていた白いテニスシューズに履き代えた、その右足をゆっくりと前に出した。















野口順平と遭遇したのは偶然だった。
いや、このゲームに巻き込まれた以上、ソレは必然と呼ぶべきなのかも知れない。
知子がばったり出くわしたのは、野球部のエース"野口順平”ではなく、
排除すべき、敵だった。

呆然と知子を眺めるその坊主アタマ見つけた瞬間、知子の口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
知子はなぜか根拠のない自信を持っていた。
要因は二つ。
明らかに動揺を通り越し、呆然とした順平の顔。
そして、知子の右手に握られたチカラの存在。
負ける訳がない。

知子はソレを証明するようにすばやくスミス&ウェスンを掲げる。
そしてその坊主アタマにすばやくポイントをあわせる。
説明書にあったように、撃鉄を起こし人差し指をトリガーにかける。
リボルバーは約60度回転し、弾丸は火薬で弾かれるのじっと待つ。
知子はふっと引き金を引く。
っぱぁん!
と、まるでふくらませたビニール袋を思い切り叩き割ったような簡素な銃声が響く。
思ったよりも衝撃は強く、知子の右肩は弾かれたように後ろにのけぞる。
体のバランスを上体だけでこらえ、再びポイントをあわせる。
順平は上手くかわしたのか、それとも奇跡的に弾丸がそれたのか、
信じられない、という表情のまま腰を抜かす。
被弾なし。
知子は再び撃鉄を起こしながら舌打ちをする。
ちっ。
そして、先ほどよりも低く、今度は順平の胸にポイントをあわせ、引き金をひく。
っぱぁん。
銃声は森を駆け抜け会場中に響き渡る。
一瞬はやく順平は横に飛ぶ。
またしても、被弾なし。
しかし、順平の飛んだ方向は運悪く――
いや、幸運だったのかもしれない。
崖というには迫力は少ないが、かなり急な傾斜だった。
転げまわるように順平は谷側に落ちていく。
命は一時的に危機を脱する。
あくまでも、一時的に。
知子はその順平を横目に追いながらすばやく辺りに目を配る。
人の気配を感じ取れるかどうかに、自信はなかったが、
人影がその視界に飛び込んでくる事はなかった。

――深追いはしない。

そう言い聞かせ知子も傾斜を下る。
銃を二発撃った場所に留まる事はあまりにも危険だった。
そういう意味で知子は脅威的な判断能力の速さを発揮する。
逃げることと追う事をうまく結び付け、敵を排除するためにベストの選択を選ぶ。
スカートがまくれあがるのを感じながら下にジャージをはかなかったことを後悔した。
そして、それを確認するように舌打ちをつく。
ちっ。
恥じらい、などではなく、擦りむけて余計な痛みが増える事に対して腹を立てていた。
傾斜は約3メートルで一度、角度が0になる。
1メートルに満たないスペースの先には更にきつい傾斜が―――
目測でざっとみたところ、倍。
6メートルほど下っている。

順平はその1メートルに満たない位置で茂みに引っ掛かり落下をとめる。
ソレを確認しながら、後ろから追いすがる知子は足場を探す。
バランスを上手く保ちながら"土手すべり”の要領で知子は傾斜を下り、
角度0の第2ステージに降り立つ。

順平もさすがに防戦には徹しない。
先ほど、ゲーム開始直後に恭子の命を突き刺したナイフをすばやく取り出し、構える。
肩幅以上に開いたスタンスがチンピラを連想させる。
体の震えは小刻みに視界を揺らす。
その先には月明かりに照らされた殺人者。
知子の歪んだ笑みが揺れていた。
死ぬことの恐怖と知子を死に追いやる罪悪感で、順平の胸はぎゅうと締め付けられる。
知子は順平が握るナイフを見、眼を輝かせた。
銃弾の残りは22発。6発3セットが手付かずでディパックに残っている。
先ほどの2発の発砲でスミス&ウェスンには残り4発の弾丸が残っている。
それでも数に限りのある武器は知子を満足させることはできない。

できることなら銃は切り札として取っておきたい。
これから30人以上の敵を排除しなければならないのだから―――

そう、考える知子にとって使用回数に限度のない刃物――ナイフは魅力的だった。
ナイフでダメなら、銃。
近づけなければ銃、相手に気付かれずに近づければナイフ。
バリエーションは新しい武器を手に入れることで広がっていく。
そう、考える。
あくまでも”深追いはしない”と念頭に入れながら。
手に入れる、ナイフを。
確実に仕留める、敵を。

撃鉄を起こす。
今度はポイントせずに音を立てぬようにゆっくりと。
スミス&ウェスンは息を潜めながらキリキリと円形の弾倉を回転させる。

順平は鼻の頭に汗をテカラセながら、ゆっくりと右足の位置を若干後ろに引く。
踏み込みを鋭くするためだ。
恭子の腹部に突き刺した時は夢中だったが、今度は比較的冷静に狙いを定める。

やる気になってる。
オレを殺す事にためらいはない。
ちくしょう!
だったらオレだってやってやる。
委員長ヅラしてても、結局ソレかよ。
イイコぶってるわりには・・・クソ!
ちょっと好きだったのにっ!

順平は一方的な感情を胸の中で憎悪に変える。
そしてその憎悪を覚悟に変える。
強引に倫理を正当防衛という名前に摩り替える。
殺人ではない、身を守るためだ――
政府が用意した、甘い逃げ道。
順平は逆らうことなく楽な方向へ気持ちを走らせる。

刺す、そして殺す。

順平の坊主頭にその決意だけがこだまする。
それでも足はまだ前に進めることは出来なかった。
分が悪いことをうっすらだが、感じていた。

知子は勝利を確信する。
どうやらこのハゲは飛び込んでくるみたいだ、と。
笑いを押し殺すのが一苦労だった。
段取りはおしまいまできっちりと出来上がっている。
いくつかの分岐も用意している。
深追いはしない。
まず、一人目・・・。

知子はいつまでも飛び込むことにためらう順平にシビレをきらす。
2発の銃声。
誰かがそれを聞きつけ、ここに来る可能性を懸念していた。

勝負は早めにつけたい。
そしてこの場をすばやく離れたい。
周囲の状況をつかめないこの状態から脱したい。
ナイフを手に入れて。

知子はいくつかの起爆剤を用意する。
そしてソレを順平に投げかける。

「びびってるの?ハゲ・・・。」

順平がもっとも嫌う言葉。

ハゲ。

順平はこの坊主頭が気に入ってはいなかった。
それでも、野球で生計をたてるためにはこれは、坊主は、もはや義務に近いものだった。
大東亜共和国にとって野球というのはある意味で崇高なスポーツだ。
国技である相撲をしのぐ人気と注目を浴びている。
実力世界のはずなのに、礼節を要求されていた。
トッププロにとってはスキャンダルはおろか、ちょっとした服装の乱れすら許されない。
実力よりも好感度が重要だった。
そして、それはトッププロ予備軍である中学生でも同じだった。
規模は違うにしても。
高校野球での全国大会、
甲子園に行こうという気があったらアタマを丸めることが最優先事項といわれている。
名門高校では坊主であることではじめて、実力という物に目を向けてもらえるのだ。
それはこの国の保守的な部分を非常によく表してると、批難するものもいる。
しかし、それはあくまでも少数意見。
無駄な障害を避けるため、プロを目指す球児達は一様にアタマを丸めていた。

順平はその、仕方のないことに突っ込まれる事を極度に嫌っていた。
オレのせいじゃない。
そう、言い聞かせながら陰でハゲと呼ばれることに傷つき、腹を立てていた。
そして、今、知子に言われた”ハゲ”で今までの、たまりにたまったナニカが弾けた。
知子の起爆剤は見事に順平のナニカを刺激し、爆発させることに成功する。

「・・・っぶっ殺してやるっ・・・」
そう、小さく呟き右足を蹴る。

――シメタ
と知子は思う。

順平は
「あぁぁっぁぁっぁぁっぁああ!!」
と叫びながら右手を添えた左手にナイフを握り、知子めがけて突進する。
恭子と同じように思い切り腹に突き刺すつもりだ。

知子は銃を握る手をすっと浮かせ、待ち構える。
順平の叫びが絶頂を迎え、わずか50cmの位置に急接近。
知子は左手を勢い良く突き出し、掌を順平の額にぶつける。
一瞬、順平の頭は衝撃に揺れ、突進するチカラは瞬間的に消える。
ナイフがわずか、数10cmの位置に見えた。
そのナイフを握る手の下に、知子は銃を握る右腕を滑り込ませる。
そして肘を支点に外へ弾く。
前に出る力を上手くそらされ、ナイフを握る腕は簡単に外へ弾かれる。
がらあき。
突き出し、額にあてた左手を、今度は逆に順平の頭を抱え込むように引き寄せる。
ナイフはまだ戻ってこない。
肘を支点にくるっと銃を戻し、順平の左腹部に押し当てる。
順平の目に、押し当てられた銃と、白いテニスシューズが見えた。
必死にナイフを知子の右腹部に突き刺すべく、戻す。
知子はためらわず引き金を引く。
どんっ。
先ほどよりも随分くぐもった銃声が聞こえた。
順平は左脇腹から右肩へ突き抜ける衝撃を感じる。
弾丸は順平の右肩へ到達する前に、胃と肺と心臓を貫き、右背筋の手前で止まる。
どんっ。
再び走る衝撃。
今度は左脇腹から背中へ突き抜ける痛み。
弾丸は貫通し、順平の背中の先にある土をちゅんっと弾いた。
2発の弾丸は順平の動き完全に止める。
痛みよりも、体が熱いと、順平は感じた。
左手の握力は消えうせ、ナイフは情けなく地面に突き刺さる。
膝が折れ、顔を上げることも出来ない。
まるで背骨の脇にアーチ状の鉄筋でも添えられたように、上体をかがめたまま、息を吸おうとする。
しかし、腹筋は思ったようには動かない、痛みに硬直しその機能を放棄していた。
開けた順平の口から、唾液と血の混ざり合った薄い赤の液体が落ちる。
その血が知子のテニスシューズにかかった瞬間、知子は激昂する。
とどめを刺すように、かがんだ順平の額に銃口をおしあてダブルアクション。
順平の頭を、額から後頭部へ貫通した弾丸は空へめがけて飛ぶ。
後頭部から抜ける瞬間、花火のように順平の頭は血や脳味噌と一緒に飛び散る。
その血しぶきや、脳味噌の肉片が知子のほほに、ピピッと張り付く。
順平の思考はその瞬間、まるでひょいと取り上げられるように消える。
痛みに開放されたその体は支えるものをなくし、そのまま前のめりに倒れる。

知子は初めての戦闘は完璧にこなす。
花火のおまけまでつけて。

それでも壮絶な光景に知子の思考もストップする。
とたんに、押し寄せる後悔。
目の前に広がるスプラッタ。

ヤッテシマッタ―――
その言葉がこだましたまま、知子は尻餅をつく。
体を支える事ができないほど、膝が音を立てて揺れていた。




カタカタカタカカタ





























 

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