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加藤忠正はゲーム開始直後から、深夜まで熟睡していた。
もはや、人の生き死になどどうでもいいと感じていた。
得意なギターが弾けなくなってしまうのは残念だったけれど、大して生に執着はしていなかった。
むしろ、この”異常な状態”に巻き込まれた事を誇らしく感じていた。

普段の学校生活では目立たない存在。
髪の色と長さを別にすれば、いてもいなくても同じだった。
ほとんど口を開く事もなかったが、時折丸木一裕や、島村祐二なんかと話をする。
特定な親友といったものは存在しなかった。
もちろん学校内では、ということだが。

忠正も、比呂と和彦と同じようにロックフリークだ。
ただ、その趣味は彼らとは一線を超え、ブリティッシュなものやグラムロックに限定されていた。
ボウイ・ジョージや、キッス。
ドアーズなんかがお気に入りだった。

週末はその蛙のような顔に化粧をし、
ハデな衣装とギターを持ち、
ファズを効かせ過ぎたマーシャルサウンドでドアーズの「蛙の王様」を歌った。
街の地下にある、ライブハウスだ。



覚せい剤中毒。

その事実を知るものは、深夜のライブハウス”YUKOTOPIA”に足を運んでいるものだけだった。
クラスメイトはおろか、両親すらも気づかなかった。
それもそのはず、彼は常に薬を常用していたおかげで奇人というレッテルをいただいている。
常に出鱈目な英語混じりの言葉を発し、あらゆるものをそのトロンとした目で見つめていた。
変な奴。
というのがクラスメイトや、教師、両親たちの一貫した彼の感想だった。
しかも、特異体質な彼は薬物検査で異常な判定が出る事はなかった。
薬を常人よりもはやいスピードで分解してしまうおかげで、
2時間もすれば静脈に流れる不純物は国の定めた許容量に収まってしまう。
「神様はボクに常にトンでなさいって・・・言ってるんだ。」
と、いうのが彼のお決まりの口癖だった。

クラスで浮いたというよりも、まさにトンだ存在だった。
が、素行はそれほど悪くはない。
学校での喫煙も揉め事も起こさない上に、成績も上位のほうだった。
薬でハイになった状態だから何時間でも勉強が出来た、
というのが成績をキープし続けていた要因だった。

プログラムに巻き込まれたそのときも、頭では別の事を考えていた。
昨日見た夢の風景だ。
雲の上に金色の象が行列を作っている。
彼は魔法のじゅうたんでその上を行ったり来たりしている。
彼が念じると象の顔は馬になり、鳥になる。
そして、彼は笑う。
そんな夢だ。

やがて自分の名前が呼ばれ、ふらふらと歩き出す。
ディパックを差し出されたから、受け取る。
教室を出ろといわれたから、出る。
そしてあてもなくふらふらと歩き出した。

そんなときも頭に描いているのは、雲の上のアラビアンな風景だった。
ぼそぼそとその風景を詩に代えながら、不思議な節をつけ歌った。
しばらく歩くと疲れたので、近くの茂みに入り横になった。
隠れたというよりも、日差しに直接当たらないようにするためだった。
彼の思考に誰かを殺すとか、殺さないとか、
自分が死ぬとかそういったことは一切流れていなかった。
夢の風景が色褪せないうちに、歌にすることが大事だった。
その週末にはライブがあったからだ。

やがてまぶたが重くなるのを感じる。
バッグからアルミホイルの包みを取り出し、一本のタバコを取り出した。
震える手ですばやく火をつける。
お薬の時間だった。
深く、その煙を吸い込むと、世界が色彩を落とす。
急激にブラックアウトしていく。
そして忠正は、地面に沈みこんでいく。
土が溶解し、まるでゼリーのように彼を包む。
やわらかい、感触。
感覚は敏感になり、思考がクリアになっていく。
風がしゃべりかける。
「調子はどうだい?」
忠正は何も答えずにただ、ゼリーに沈み込んでいく。
再び煙を吸い込む。
そして彼の体は、重力をなくす。
土のゼリーに包まれたまま、ふわふわと浮かび出し、さっき出来たばかりの歌を歌った。



目が覚めたのは9時過ぎだった。
辺りはしんと静まり返り、月は過剰な光を放っている。
気分は良かった。
顔に泥がついているのが気に入らなかったが”拭けばいいさ”と思い、起き上がった。
薬と睡眠をとり、歌も出来上がったのでやる事がなくなった。
そして、やっとこさ自分の事を考え出した。

えーと、プログラムだ。
俺vsみんなだ。
どうしよっかな。
俺の武器なんだろ?
ヒュー。
ビンゴォオ。
ピストルだぁ・・・。
あ・・・。
じゃ、ヤっちゃおうかな。
よーし・・・。
あれ?
コロシちゃってもいいんだっけ?
いいや、いいや。
殺しちゃお。
難しく考えると疲れちゃうからね。
で、みんなはどこ?

すいっと立ち上がって歩き出した。
右手に銃――ブローニング・ハイパワー9ミリを携え。



銃声が聞こえた方へ走った。
誰かがいるから。
生きていれば撃って、死んでいたら拝んであげようと思った。
鼻歌までが飛び出した。
走る足がスキップのようにツーステップ気味にはねる。
うきうきだった。

現場についたときすでに順平は事切れていた。
後頭部から脳味噌をぶちまけて。

あたりにはなんとなく、誰かがいた気配を残していた。
空気というか、温度というか、そういったものが。
忠正は辺りは慎重に見回した。
動くものはなく、人影はなかった。
がっかりしたものの、順平の死体をまじまじとみた瞬間に忠正の顔は花が咲いたように輝いた。

口笛を吹きたい気分になったが、忠正は口笛がふけなかった。

順平の後頭部にはぽっかりと穴が開き、その穴の中には赤黒いドロドロとしたものが覗いていた。
白い骨も見えた。
忠正はゆっくりと腰をおろし、その光景をまじまじと見詰める。
「ビューティホォ」
とつぶやきながら、何度も位置を変え、見つめつづけた。
下から、上から、斜め上から、ちょっと離れた位置から、ものすごく近くから。
絵を描けるほどにじっくりと見つめていた。
花を挿したいなと、思ったがあたりに花は咲いてなかった。
代わりに背の高い雑草が生えていた。
イメージとかけ離れていたが、試しに一本引き抜いて挿してみる。
グジュと自分の脳味噌がうごめいたような気がした。
その時、忠正の体を走り抜ける快感があった。
もう一度、雑草を引き抜き挿す。
また、脳味噌がうごめく。
順平の脳味噌と同じように。
気のせいではなかった。
雑草の根の硬い部分が脳味噌を掻き分け沈む。
再び快感は走り抜ける。
足のそばにあった、木の枝を取り上げ、その枝で脳味噌をかき回し始めた。
最初はゆっくりと。
徐々に早く。
最後にはぐっちゃぐっちゃに乱暴にかき回した。


はぁ・・・。
すっごい気持ちE・・・。
トリップしちゃいそう。
脳味噌くっちゃくちゃ――
「・・・オ〜イェ〜・・・」


と声が漏れた。
立ち上がり、月を見つめ、”これだ。”と確信する。

今日からマイ・ブームは?と聞かれたら、こう言おう。
人体解剖・・・。

サイコー、ベイベェ〜。

ふいに、足元で物音が聞こえる。
同時に人影がその視界に飛び込む。

忠正の笑みがさらに歪む。













僕の素材はっけーん。









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