-71-
4人はG−4へ、地図上の、施設の表示であろう場所へ向かい始めた。
結局、出掛けの論議により発電機を担いでいく事になる。
大きさは縦30cm、横30cm。
重さは20kg程度。
二人で持てば、走れないまでもエリア二つ分は運んでいける重さだ。
G−4で軽油が見つかったとして、格納庫内に再び戻れる保証はない。
誰かが中にいるかも―――途中で襲われてしまうかも。
という広志の提案だった。
慶はひとしきり考えをめぐらせたあと、二人の意見を聞く。
裕也も圭介も異論は唱えなかった。
慶が最前列に、裕也と圭介が発電機を抱え、広志が最後列を歩く事に決まる。
慶はボウガンの代わりに裕也のグロックを、ボウガンを広志が手に取り出発した。
襲われた時は発電機を捨て、逃げる。
それ以外の、ことは決めようがなかった。
誰にも遭遇しないことを祈り、真夜中の道を歩く。
不安を抱え。
800メートル。
高低差の激しい山道ならば、ちょっとした距離だ。
いつも、舗装された道を歩く中学生たちにはとっては。
ましてや、エンジン付きの発電機を抱えている。
慶はなにも喋らずに、前方を睨み付けながら慎重に進む。
時折聞こえる、葉と葉がこすれ合う音や、虫の声、そして銃声に何度も肝を潰されながら、
広志はゆっくりと一行のあとを追う。
月明かりがなければ自分の足もまともに見れそうもない、と広志は思う。
普段生活している街では、夜でも明かりは消えない。
街燈や、24時間営業の店の明かり。
車のヘッドライト。
光には事欠かない。
しかしながら、当然、この演習場には24時間営業の店も、街燈も、車のヘッドライトも何もない。
月の明かりだけが広志達を照らし、導いていた。
木が密集しているせいか、ひどく閉塞的な圧迫感を受けていた。
わずか十数メートル先の地形も、満足に把握する事が出来ない。
文字通り、手探りで進んでいた。
ふいに開けた平地が杉の木の間から見える。
格納庫より200メートル離れた場所。
月の明かりを遮らないためか、その開けた場所は、
現在広志たち”格納庫組”一行が進む杉の林よりもいくらか明るいような気がした。
「ちょ、ちょっと休憩しよーよ・・・」
裕也が口を開く。
こんな非常事態でもこういった意思表示だけはきっちりとこなす。
広志は幾分呆れて、裕也のほうへ目を戻す。
そして、慶の表情を探ろうと視線をずらす。
慶は小さく溜息を吐き出しながら、
「わかった。」
と小さく告げる。
先ほど聞こえた銃声が、近いであろうということで慶は焦っていた。
しかし、今は論議をする時間もない。
ましてや、声を出すことすらも危険だった。
休憩を取れば、文句は減る。
今は、目的を遂行することだけを考え、裕也の要請を受け止め、足を止めた。
裕也はゆっくりと発電機をおろし、手をこする。
相当重かったのだろうか、圭介もふうと息を漏らしながら腰を伸ばす。
おいおい、たかが200メートルだぞ?
と広志は思ったが、口には出さなかった。
このポジションは広志が提案した事だった。
正直なはなし、慶以外のものが強力な武器を所持する事に不安があった。
幸運なことに、広志はサッカー部のキャプテン。
慶は副キャプテンだった。
さらに、レギュラーであり、運動神経は裕也、圭介よりもいいことは明白だった。
広志の提案は難なく全員の納得を得、移動を開始した。
重い発電機を運ぶことを押し付けた格好の広志に、早すぎる休憩を非難する事は出来なかった。
もし、G−4に軽油がなければ・・・。
この移動をさらに続けなければならない。
広志は当然ながら、脱出への希望を曇らせた。
慶は腰をおろさずにじっと周囲の音へ耳をすます。
広志も、腰をおろさずに周囲に気を配る。
今、誰かに襲われたら―――
不安だけが広志を焦らせていた。
一瞬、空気がゆれた気がした。
広志はあくまでも、冷静に周りを再度見渡す。
音が聞こえた。
ざっ、ざっという、音。
足音――――
そう気づく瞬間に広志の視界に人影が飛び込む。
先ほどから気にかかっていた、杉の林の向こうの平地だ。
ゆれるスカートのシルエットで女子であることがわかった。
小柄な体型、短い頭髪。
走る格好からみて、運動神経のよさそうな人物ではない、と思う。
広志は慶に向き直る。
慶も広志を見ていた。
気づいていた。
慶もその存在に。
すばやく慶は、人差し指を立てて口にあてる。
当り前だ、と広志は思う。
ここで声をあげてしまえば、作戦がおしゃかになる。
裕也や、圭介に音を立てぬようにそれを知らせる。
休憩中の緩やかな時が、一瞬にして凍りつく。
呼吸をすることがいくらか困難に感じた。
音を立てぬようにその人影を追う。
どうやら、逃げているのか、せわしなく周りを見渡す。
冷静な状況ではないのが、見てる広志たちにも伝わる。
やがて、適当な茂みを見つけ逃げるようにソコへ向かう。
広志たちが息を潜めている、杉の林に向かっていた。
慶が二人を促し、発電機を担がせる。
音を立てぬようにここを離れようと、そういうことだった。
広志も再び後ろを確認する。
緊張で汗がにじみ出ている。
小さく呼吸を整える。
ボウガンを握りなおし、音を立てぬように3人に続く。
一瞬、影の顔が見えた。
―――谷津由布子。
クラスで孤立した存在。
苛められてたわけではなかったが、明らかにクラスからは孤立していた。
短く整えられた、細い髪の毛。
小柄な体型。
笑えばきっとかわいいだろう、というのがクラスの男子の評価だった。
それでも近寄りがたい雰囲気を打破するほどの美人ではなかった。
孤立させられているというよりは、孤立を望んでいるようにも感じた。
斎藤知子や、小出絵里、さらには森和彦なんかが声をかけているのを何度か見ていたが
それに、応じる事はなかった。
ただ、うつむいていた。
教師が発言を求める以外で、彼女の声を聴いた物はいないだろう。
広志以外では。
広志は由布子との接点はたった一つ。
同じ小学校だった。
特に苛められたいたという記憶はない。
いつのまにか、由布子は近寄りがたい存在になっていた。
5年生の臨海学校では、広志は由布子と同じ班だった。
広志の冗談で笑う、由布子の笑顔を覚えていた。
しかし、6年生にあがりクラスが分かれてしまってからは言葉を交わす事はなくなってしまった。
そして、いつの間にか孤立した、近寄りがたい女の子になった。
そこに何かあったのか、どうしてそうなってしまったのか。
広志は特に何の詮索もしなかった。
する必要はないと感じていた。
中学に入り、うわさは広がる。
”ひどいいじめを受けていた。”とか、
”教師にレイプされた。”とか。
ありとあらゆる、卑猥で陰湿なうわさは飛び交い、混ざり合い、誤解されていった。
広志がそれを弁解しなかった理由はひとつ。
由布子がそれを望んでいるようにはどうしても思えなかったのだ。
自ら、周りとの接触を拒み、うわさすらも肯定しようとしていた。
否定しなければ肯定。
お子様な広志はそんな理屈で片付けていた。
物事の本質を見抜こうとはしなかった。
慶が小さな声で広志を呼ぶ。
すでに慶たちは数メートル先に移動していた。
広志は我に帰り、とまっていた足を進める。
一度振り返る。
罪悪感はずっと持っていた。
一言、由布子を弁解していれば、彼女は孤立を望まなかったかもしれない。
理由はどうあれ、由布子をまたあのコロのように戻すのは広志しか出来なかったのだ。
過去知るものしか、うわさを否定できない。
しかし、彼女は否定をしない。
どうして?
と、尋ねるべきだったのだ。
しかし、その結論に至ったときにはすべては遅すぎた。
彼は3年生になり、彼女も3年生になった。
うわさは2年間で完全に事実とすり返られていた。
もう、何を言っても事実をひっくり返す事はできないと、広志は悟った。
いや、悟ったというよりも、そう自分を納得させた。
俺にもやるべき事がたくさんある。
というのが言い訳だった。
振り返った広志の視界にもうひとつの影がゆれる。
髪を振り乱し、右手にナイフ、左手に拳銃を握る
斉藤知子――
[残り33人]
[image] | ||
[impression] | ||
←back | index | next→ |