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知子にしてみれば、とんだ誤解だった。
広志は、知子が由布子を追ってきたと思っていた。
由布子も知子に追われていたと信じていた。
実際のところ、知子も追われていたのだ。
蛙の王様、加藤忠正に。
ここに飛び込んだのも単なる偶然。
飛び出してきた、由布子を警戒するのは当り前だった。
すぐに撃てなかったのは、銃声で自分の位置を忠正に知らせてしまうのは危険だと判断したのだ。
ナイフで仕留める。
そう決めた矢先、広志が飛び出してきた。
手にはボウガンを握っている。
由布子を守ろうとしている事は、その照準が物語っている。
知子はしまったと感じた。
追われながら二人を仕留められるか?
答えはNOであった。
銃は使えない。
無防備に怯える由布子一人なら簡単だった。
ナイフで十分だった。
しかし、広志は臨戦体制に入り、その手には飛び道具を持っている。
距離をみても警戒してるのは明白だった。
逃げる。
知子はゆっくりと広志に向き直りながら、杉の林とは反対の方向に進路を取る。
北だ。
来た道を戻るように、後ろ向きのままゆっくりとあとずさる。
戦う事よりも逃げる事のほうが重要だと判断した。
広志は顔には出さずに、ほっとする。
ボウガンの牽制だけでなんとかなりそうだと感じた。
慶たちは待っていてくれるだろうか?
と、思う。
突如、鳴り響く銃声。
グロックではないことは広志にもすぐにわかった。
慶たちがいる杉の林よりも離れた場所から聞こえた。
ガァ・・・ンッ・・・
という銃声は、ダイレクトではなく反響であることを語る。
距離は近い。
知子は”忠正”であることを察知する。
広志と由布子の注意がそれているうちに逃げおおせようと走り出した。
広志は振り返り、知子の進路を確認し、銃声の方角へ向きなおした。
慶は噴出す汗を感じながら、裕也と圭介にイケと指示する。
近い。
そう思った。
銃声は慶たちが進むべき方角のちょうど逆から聞こえた。
どうやらこのエリアには人が集まっているらしい。
そう、考えすばやく移動する事を最優先させた。
広志は置いていく。
それが結論だった。
再び銃声、確実に近づいていた。
慶は自らも発電機を支え、走れと目だけで合図する。
裕也も、圭介もそれで悟る。
広志はもうチームを抜けたのだと。
忠正はご機嫌だった。
銃を空に向け発砲しながら、狩を楽しむ。
知子はすぐに見失った。
けれど、方向は見逃さなかった。
同じ茂みから森に入り、走る。
途中で分岐がひとつあったが、よく考えないで進む。
知子を見失ってもいい。
動けば誰かと会える。
そう信じていた。
銃を撃った意味はない。
雄たけびの代わりだった。
「イエス、ベイベェ・・・ロックショウのはじまりだぁ。」
広志は危険を察知し、由布子へ手を差し伸べる。
怯えた目には涙がたまっていた。
震える由布子の手を強引に掴み、”立てるか?”と聞く。
由布子は何がなんだかわからないという風に首を横に振る。
「大丈夫だ、仲間がいる。」
そう告げて由布子を立たせる。
そして手を引いたまま林に戻る。
しかし、そこにはもう誰もいなかった。
慶の姿も、裕也と圭介の姿も、発電機も。
しまった。
その感情は表情に出てしまう。
由布子は何がなんだかわからなかった。
何が起きたのか、何が起きるのか。
不安はなかった。
というよりも、そんなものを感じる余裕などなかった。
目まぐるしく変わる状況に自分の意志は含まれていなかった。
広志は舌打ちをつき、辺りを見回す。
三度、銃声がなる。
今度は近い。
ガンっという銃声はほとんど反響しなかった。
危険はすぐ近くまできている。
そう、判断した。
由布子の手を強く握り、走り出した。
方向はこれから向かうはずのG−4だ。
走り出した、次の瞬間、目の前に飛び出した影は加藤忠正だった。
「イエス、ビンゴォ・・・」
忠正の口が笑みに近い歪みをつくる。
広志はすばやく振り返る、来た道を引き返すように。
由布子の手を握り、走り出す。
ガン!
忠正は発砲する。
もちろん、出鱈目な照準だった。
月明かりがあるといっても、突如現れる標的に照準を合わせるのは難しい。
さらには命中させるのは、特殊な訓練でもつまない限り不可能だった。
ガンッ!ガンッ!
と銃声は林の静けさをむさぼる。
広志は焦りと恐怖から、まるで自分は飛んでいるかのような感覚に陥っていた。
俗に言う、地に足がつかない状態だった。
由布子はついてきているか?
握った手の感覚だけで、それを確認し、ただ闇雲に走った。
「あー逃げちゃった。」
忠正はそれを追おうとは思わなかった。
単純に疲れた、というのが理由だった。
ドキドキしたぁ・・。
すっごいなぁ・・・。
呼吸を整えながら、ディパックをあける。
銀の包みから、タバコを取り出し、火をつけた。
煙を吸い込みながら、忠正は目を見開き、唇を振るわせる。
「キクゥ・・・」
3口すったタバコを丁寧に靴の裏で消し、銀の包みに戻す。
「レッツ・ショウタイム・・・」
ハイなった忠正は疲れを忘れ、広志たちが走り去った方向へ走り出した。
「今度は逃がさないよ・・・ベイベェ・・・」
[残り33人]
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