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サンダーのスイッチを入れると、勢い良くディスクが回る。
サンダーは、金属を網目状に編みこんだディスクを高速で回し、金属などを摩擦熱などで溶解しながら削る工具だ。
簡単に言えば金属用の電動丸ノコ。
今、慶が使っているのは片手で操作できる軽いもの。
マキタ製のしっかりとしたものだ。
当然、コンクリートの類は切れないだろうが、ちょっとした配管であれば簡単に切断できる。
安全の為、4分の1だけ露出させたディスクを首輪の継ぎ目にあてる。
途端に摩擦熱により、生み出された火花が散る。
「熱っ!!」
そう、叫んで圭介は飛び上がる。
「動かないでくれ。」
慶は冷静にそう言い聞かせる。
「熱いもんは熱い。なんとかしてくれっ」
慶もさすがに我慢してくれとはいえなかった。
もう一度説得する気力は残されていなかった。
手近にあるダンボールをカッターで適当な大きさに切り、圭介の首と首輪の間に差し込む。
「多少和らぐはずだ。我慢できるくらいにはな。」
そして、再びディスクを回す。
第一工程は、首輪のちょうど真後ろ、溶接された継ぎ目を切断することだ。
それ以外に首輪を分解する方法はない。
いきなり首輪そのものに切込みをいれてしまえば、
トラップリードを切って”誤爆”、なんて冴えない結末を迎えてしまうだろう。
首輪の形状は腕時計を大きくしたようなものだ。
のど仏に当たる部分が文字盤。
大きさは縦約50mm、横70mm。
形状は卵型。
厚さは約15mm。
重さは測りようが無かった。
前面に真っ黒な硬質ガラス。
その奥に点滅するREDランプ。
おそらくはここで、位置情報などの情報を送受信しているのだろう。
起爆ユニットや爆薬そのものがここに収められているのは一目瞭然。
そしてソレを囲むように首に巻きつくバンド
厚さ4mm。
縦20mm。
耐ショック製、完全防水。
その証拠に継ぎ目と呼べるのは首輪の真後ろの、まさに慶がサンダーを当てている部分しか見当たらなかった。
慶はその形状から爆弾はプラスティック爆弾と予想した。
プラスティック爆弾ならば、少量でも首の頚動脈や静脈を根こそぎ吹き飛ばす事はたやすい。
起爆ユニットも複雑なものはいらないだろう。
位置情報と禁止エリアを照会する半導体チップと、遠隔操作の受信機。
小型のリチウム電池。
そして、不良の際の予備ユニット。
簡単に分解できるような仕組みではない事はわかっていた。
それでも、慶は望みを捨てずにサンダーを当てる。
継ぎ目は電気溶接のいわゆるチョン付け。
サンダーで溶接部分を溶解しながら削る。
ものの5分でその全てを削りきる。
ディスクはまだ、80%以上残っていた。
削れば削るほど、刃とも呼べるディスクは摩擦で磨り減る。
しかし、予備のディスクが3枚。
3人分ならば充分な量だ。
第2工程。
生まれた唯一の継ぎ目に細い精密マイナスドライバーを突っ込む。
テコの要領でわずかに開き、口にくわえたペンライトで照らす。
まるっきりの空洞に見えた。
薄い金属を箱のように囲ったものだと判断。
銅線などを壁に這わせるモールみたいな形状だった。
”しめた”と慶は希望を見出す。
もう一度サンダーを手にとり今度は首輪のバンドそのものを切断し始める。
厚さは約3mm。
慎重に切り過ぎないように4方向にディスクを当てる。
10分後、圭介の首輪の金属バンドに一片が15mmほどの覗き穴が生まれた。
慶は突如自分のディパックを開け、私物の鏡を叩き割る。
あっけにとられる裕也を尻目に、一番細かく割れた破片を拾う。
精密マイナスドライバーの先端にビニールテープを細かく切ったもので鏡の破片を接着する。
ペンライトを口にくわえ、その簡易精密スコープでバンドの空洞部分を探る。
バンドの内部には銅線が一本だけ見えた。
”まさか”と、慶は舌打ちをひとつ。
再びサンダーを手にとり、今度はユニットに近い部分のバンドにディスクを当てる。
先ほどと同じように15mm四方の覗き穴を作る。
再びスコープで中を確認。
そのままサンダーでユニットと、バンドを切り離しにかかる。
心配そうに見つめる裕也は、いよいよ外す事に成功するのかと胸を高鳴らせていた。
中に走る銅線を切らないように慎重にバンドを切り離した。
第3工程。
いよいよ、ユニットそのものの解体に入る。
もちろん装置を分解する気などさらさらなかった。
慶が狙っていたのはショート。
電気が通電している状態のユニットに水を流し、ショートさせ、その機能を潰す。
そのためには、まず、首輪のユニットを分解する足がかりを見つけなければいけなかった。
完全防水のはずのユニットに水が入るだけの隙間をつくる。
もちろん、誤爆させないように慎重に。
とりあえず、ディスクを回し、サンダーを当てる。
ギャンという鈍い金属音が響く。
先ほどのギィィンという摩擦音とは違う。
慶は再び舌打ち。
もう一度サンダーを当てる。
弾かれるディスクを慎重に、薄く当てる。
悲鳴のような摩擦音の割には火花を先ほどより飛ばない。
1分間、そのままディスクを当てる。
しかし、ユニットの金属面には摩擦熱によって生じた黒い煤のものがこびりついただけで、
傷のひとつも付ける事が出来なかった。
その代わりにサンダーのディスクはぼろぼろになっていた。
バンドを形成していたのは恐らくはアルミか、鉄の合金。
しかし、ユニットを囲う金属はチタンかそれ以上の硬い合金であろう。
簡単なサンダーでは傷をつけることすらできない。
最後の望みはユニットから唯一露出している銅線だった。
恐らくこの銅線はトラップリード。
目視はしていないが、首輪のバンドの中を這うようにもう片方もユニットに接続されているだろう。
切断すれば即爆発の解体防止策。
銅線はユニットから飛び出している。
その飛び出し口にはご丁寧にハンダ付けされ、隙間を潰している。
もちろん、通常の亜鉛でハンダ付けされてるとは考えにくかった。
恐らくはアルミ合金、最悪ならばチタン。
イレギュラーに飛び出した第4工程。
もっとも、構造を予想だけで組み立てていたのだから、イレギュラーと呼ぶのは言いがかりかもしれない。
銅線を切らずにハンダ部分だけを削る。
正直にいって難しい作業だ。
しかし、成功すれば後は水を流し込むだけ。
リチウム電池か、露出した半導体チップがショートしてくれればいい。
圭介に机に寝そべるように伝える。
うつ伏せで首を横に向けさせた。
そして、慶もその横に寝そべる。
サンダーを持つ手と、ユニットを固定させるためだ。
フリーハンドでは自殺行為。
傍目から見ればおかしな格好だが、そんなことを気にする時と場合ではなかった。
ゆっくりと、慎重にサンダーのディスクを近づける。
弾かれて、誤って銅線を切ってしまえばその場でゲームオーバー。
恐らくは爆発で破片が飛び散り、サンダーを当てる慶も致命傷。
運がよくても、顔は大火傷だろう。
どっちにしろ、首輪はずしどころではなくなる。
ゆっくりと、ゆっくりと、ディスクを近づける。
慶の額にはうっすらと汗がにじむ。
ここが山場。
そう、アタマの中でつぶやく。
コレが駄目なら・・・。
ギンっ。
一瞬だけ当てる。
意図的に弾かせるように当てる。
音で硬度を測ろうとする。
しかし、音だけではわからない。
今度は薄く当てる。
当たるか当たらないかくらいのぎりぎりで止める。
左手でユニットを机に押し当て、右手首を机に押し付けたままサンダーだけを近づける。
普通に呼吸出来ない事を、息苦しく感じる余裕もなかった。
ギィン・・・・ィィィン ギュイ ンギィィィィィ・・・
やはり1分弱、ディスクをかすらせる。
付けたり、離したりしながら。
サンダーで削り取れる強度ならば、少なくとも面が粗くなるように傷がつくはず。
もし、傷ひとつつけられなければ・・・。
お手上げだった。
サンダーを置き、わずか3〜4mmのハンダ付けに顔を寄せる。
慶がその時見たものは、絶望と呼ぶ以外に適当な表現などないだろう。
ハンダ付けされた金属は黒い煤さえ付けていなかった。
慶は舌打ちすらつかなかった。
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