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「ど、どうだ? い、イケそうか?」
圭介は動きの止まった慶に対して、そう尋ねる。
慶はそれに答えずに、上体を起こし小さく溜息をつく。
「ちょ、っちょっと・・・おい、どうなんだよ? はずせそうなのか?」
焦りと困惑。
状況から見れば、”諦め”そのもののような慶の態度に圭介は不安を募らせる。
それでも、慶は答えない。
考えをめぐらせているのか、ぼうと宙を見つめ何事かをつぶやく。
慶の視線の先に図面があった。
空中に思考の中で書き出した、空想の図面。
しかし、その図面は首輪のものではなく、部屋全体を写し取る平面図だった。
ぶつぶつと何事かをつぶやく。
爆発。
量。
爆風。
下。
タイムラグ。
一瞬。
勝負。
そんな単語が聞き取れた。
圭介は語気を荒げる。
「おいっ!どうなんだよ? はずせるのか? ってか動いてもいいのか?」
体を机に押し付けたまま、情けない格好でまくし立てる。
緊張と不安で、体を落ち着けている事が苦痛なのだろう。
「・・・あぁ、構わない。動いても。ただ、首輪を抑えろよ?」
慶は思い出したように圭介へ視線を向け、やっと応答する。
首輪を抑える?
そのことを理解できないまま、圭介は上体を起こす。
その途端、首輪はずり落ちるように首から離れる。
しかし、落ちない。
細い、銅線一本で繋がれたまま首輪は尚も圭介を縛りつづける。
そのだらしない首輪を支えるように手をかける。
「その銅線。切ったら爆発する。」
慶はそっと告げる。
圭介は慌てて首輪を持ち上げる。
ユニットの重さでぴんと張られた銅線が張力から開放され、たるむ。
「早く言えよ・・・。危ないだろが・・・。」
「悪い。」
「ってか・・・無理なのか? はずすの。」
「いや、とりあえず予想とは大きく外れた。」
「・・・。」
「・・・。」
「だから、ソレはどういう意味なんだよっ。」
「言葉のままだ。俺の予想と首輪の構造が食い違っている。」
「答えになってないっての・・・。」
「・・・。」
「外せないのか?」
「いや、方法はひとつある。」
「どんな?」
「協力してくれるか?」
「安全なのか?」
「ある、意味ではな・・・。」
「・・・?」
慶は体を圭介に向け、机の上で立ち上がる。
そして、顎をしゃくって圭介を立つように促す。
圭介が立ち上がると、慶はがっと圭介の肩を掴む。
そして、真っ直ぐな目で早口に伝える。
簡単な事だ。
圭介はユニットと首の間に指を挟め。
そう、外側に弾けるように。
俺が合図を出す。
そうだな・・・1・2の3だ。
3と同時にユニットを外に弾け。
思いっきりだ。
その瞬間に首輪を外す。
危なくは無い。
まさかの誤爆を防ぐ為だよ。
いいか?
1・2の3だ。
そうだ。
3と同時にこの首輪を外す、圭介は誤爆に備えて首輪を弾き飛ばすんだよ。
爆薬の量はそんなに多くは無い。
1mも離れれば火傷くらいで済むさ。
大丈夫だ。
これは安全な方法だ。
と。
裕也には聞こえなかった。
二人は机の上に立ち、真剣な目で打ち合わせをする。
まるで・・・最後の春の大会の決勝。
広志が慶にオーバーラップを指示していた光景に良く似ていた。
そのとき、広志は慶の肩を掴んでいた。
今、慶は圭介の肩を掴んでいる。
秘策。
それを思い起こさせ、その結果を期待させた。
春の大会では慶のオーバーラップがどんぴしゃにはまり決勝点。
今回も、そうに違いない。
と、根拠の無い期待を膨らませた。
圭介に考えさせる時間を与えずに体を外側に向けさせる。
慶は右手にニッパーを握る。
ユニットから飛び出る銅線をそのニッパーで軽く挟み、圭介に
「いくぞ?」
と告げる。
よくわかってない顔のまま、圭介は惰性でうなずく。
やる事はわかっていた。
慶は合図と同時に銅線を切る。
恐らくは首輪はもう機能してはいない。
しかし、万が一の誤爆に備える為、首輪を外したと同時に遠くへ飛ばす。
この、首と首輪の間に挟んだ手で。
1
カウントダウン。それは何の前触れなく始まった。
2の
そういいながら慶は左足を振り上げる。そして、狙いを圭介の腰あたりにつける。
3
左足をおもいきり圭介の腰に当て、蹴り飛ばす。
同時にニッパーを自分の体に引き付けるように絞る。
切る。
そのまま、体を机の外側に倒す。
ガァァンッ!!
突如響く爆音。
今まで聞いた銃声よりもいくらか低音が膨らまされた音。
金属が弾けるような甲高い音もソレに混じる。
誤爆。
裕也はそう認識する。
うっすらと硝煙があがる。
かつんと、銀の首輪が机の上に落ちる。
圭介は膝を降り、首を垂れている。
慶は・・・机の下に倒れている。
状況がうまくつかめなかった。
耳鳴りの奥で、ぷしゅうという液体が吹き出る音が聞こえた。
裕也のモノクロのような殺風景な視界に、赤色のアクセントが加わる。
途端に血の匂いが鼻についた。
アタマの中、目で見える情報を整理し、繋ぎ合わせる。
誤爆。
あるはずのない、誤った爆発。
慶も圭介も予想外のアクシデント。
二人の命はない。
首輪はずしは失敗。
そう判断した。
当然、どうする事も出来ないのは変わらなかった。
ただ、ぼうと立ち込める硝煙を見つめていた。
ぴく。
と、慶の指が動く。
うう・・・
とうめく声も聞こえた。
生きている。
慶は無事だ。
裕也は抜けそうになっていた腰を立たせ、慶に近づこうとした。
突如、慶が飛び起きる。
まるでナニカに弾かれたようにすばやく。
そして左手にはいつのまにかグロックを握っている。
照準を裕也に合わせていた。
近寄ろうとしていた、足を止める。
唖然。
裕也の頭には
”何故?”
という言葉だけがぐるぐると回っていた。
裕也の耳鳴りの残る鼓膜に再び響く、爆発音。
パンっ
先ほどよりも簡素な、花火みたいな音。
思い切り突き飛ばされたような衝撃で、体をのけぞらせる。
上体が前のめりでなければ派手に吹き飛んでいたかもしれない。
瞬間、裕也の左肩に熱い痛みが生まれる。
慶の構える銃口が見えて、はじめて裕也は自分が撃たれた事に気付く。
相変わらず裕也のアタマには”何故”が飛び回っていた。
何故?
[残り33人]
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