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井上慶は、血なまぐさい2体の死体が転がる小屋の、
埃と工具の散らばった机の上に腰を掛けたまま、ぼうっと宙を見つめていた。
喪失感。
いうなればそういった感情が彼を襲い、そこに留まらせていたのかもしれない。
あの、かび臭い独房のなか、慶はこのシナリオを完成させた。
もっとも、そのときはキィになるのが”首輪はずし”であることは予想もしていなかったが。
仲間を集め、脱出を図る。
信用できるのは、信用してもらえるのは、部活のメンバー。
自分が生き残る為に最善の方法。
たとえ、親友を、この世で最も信用している相手を―――欺くとしても。
脱出がうまくいけば何の問題もない。
確立は低い。
中学3年生の子供が思いつく簡単な方法で、
50年以上続く”プログラム”から逃げ出せるわけが無い。
うまくいかなければ・・・。
”仲間”を逆手にとり、殺す。
やりかたは何でもいい。
そのために、仲間うちで最も殺傷能力の高い武器なり、なんなりを自分が持つ権利をつかむ。
メンバー内のイニシアティブを手にすれば、それは造作も無い。
あくまで、最悪のケースを考え。
目的はひとつ。
自分が生き残る。
結末がハッピーエンドだとしても、凄惨なアンハッピーエンドだとしても。
ラストシーンに自分が生きて、立っていればいい。
そして、そのシナリオは凄惨なアンハッピーエンドへ向かい始める。
言葉巧みに、一人。
その手に握られたグロックで、一人。
反則は無い。
慶は自分にそう言い聞かせる。
人生だって、同じだ。
もう一度、自分に言い聞かせる。
それでも喪失感は、姿を消しはしない。
むしろ、更に大きく、慶に覆い被さる。
机から投げ出された自分の足をぶらぶらと揺さぶる。
体が揺れる。
外は朝日が昇りきっただろうか?
小屋の、だらしなく開いた壁の隙間や、いたるところに朝の気配を感じていた。
俺は―――
きっと。
自分のために、誰かを殺し―――
そして。
殺したやつの分だけ―――
何かを。
失うんだ。
その結論に達し、それでも尚、慶は生への執着を捨てる事は出来なかった。
圭介と、裕也のディパックから必要な食料と、
弾丸、水を1リットル抜き出し、まとめておいた。
長期戦を見越して、用意した。
うまく、体を動かす事が出来そうだと判断して、慶はディパックを肩に担ぐ。
たっとひとつだけ誤算だった、広志の行動。
このチームから抜けてくれたことを慶は感謝する。
”待て”、”行くな”といいながら心の裏側では”行ってくれ”と叫んでいた。
慶は願う。
小屋のドアを開け、周囲の気配に耳を済ませながら。
―――広志。
―――頼む
―――誰かに
殺されてくれ―――
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