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午前10:15。


比呂はただ一点を睨み、何かを考えていた。
和彦は、何も言わずその様子をじっと見守る。


4人は交代で眠る事にし、まず、比較的安全な昼のうちに絵里と綾が睡眠をとっていた。
絵里も綾もスカートの下に、膝までの長さに切った、改造ジャージハーフパンツを履いている。
南中では、ほとんどの女子がジャージをハーフパンツに改造している。
ミニスカートの下にはいて、パンツが見えてしまうのを保護するためらしい。
こんな状況でも恥じらいは残っているものだと、和彦は半ば呆れて溜息をついた。


――生きるか、死ぬかの状況で・・・パンツねぇ・・・――



6月とはいえ、もう夏の足音は聞こえ始めている。
日が照れば、否応なく気温は上昇する。
比呂も和彦も上着はとっくに脱ぎ捨てていた。

和彦は一通り銃器の点検や、弾丸の補充を終えてしまい、手持ち無沙汰に目の前の雑草をむしっていた。
比呂はなにやらぶつぶつ言いながら、一点を睨み続けている。


――傍からみれば、アブナイ奴だな・・・――


と和彦は思ったが、そんなことを言ってからかうような状況ではない。
ただ、じっと比呂の考えがまとまるのを待った。


和彦は少し眠い瞼をこすり、空を見た。
雲の流れが速い。
地上はそれほど強い風ではないが、雲のスピードは驚くほど速かった。
一雨くるか? だったら雨具の準備・・・。
そんな事を思っていた和彦の足に何かが当たった。


小石だ。


比呂が投げたらしく、手招きをしている。


なんで声だして呼ばないんだ?
まさか・・・誰かいるのか?


和彦の心臓は緊張によりきゅっと締め付けられた。
足音をたてないように慎重に比呂に近づく。
比呂は無言であぐらの上の小さなノートを、指で指し示した。
何もかかれていない白紙のノート。
和彦は、比呂が何を言いたいのかよくわからなかった。
比呂は手にもったペンで、白紙のノートに何かを書き出した。


―思いついた。


和彦は、比呂の顔を見る。
比呂は無言で頷く。
いくらか興奮しているのか、目が爛々と輝いていた。
和彦は、比呂の手に握られているペンを強引に引き剥がし後に続けた。


―何を?


比呂は和彦からペンを奪い返し答える。


―首輪の外し方


和彦は驚いた。
しかし、比呂の目はマジだった。
とても冗談だ、というような雰囲気ではない。


―筆談で相談する。盗聴されてる。


和彦は了解し、自分のバッグをとりに行く。
バッグの中からペンを取り出し、比呂の隣へ座った。
心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響く。
一体、どうやって外すのか?
果たしてそれが可能なのか?
和彦の期待は大きく膨らんでいた。


―で?どうやる?


―さっき、和が言ったろ?


―なにを?


―松本の死体


―?


―首がないって


―それがなんだ?


―首輪が取れる


―?


―それを分解する


―大丈夫か?


―なにが?


―無理矢理やったら、爆発


―さすがに自分の首輪じゃ危険だ。


―松本のなら大丈夫?


―最悪、指が飛ぶくらいですむだろ?


―どっちにしろあぶねー


―ばか、んなこといってらんねー


―で?


―松本の死体の場所わかるか?


―たぶん


―首輪をとりに行く


―わかった。でも勝算は?


―ほとんどない


―何もしないよりかはましか


―そのとおり




比呂はノートをパタンと閉じる。
そして、ペンを胸のポケットに刺し、立ち上がった。
絵里と綾を起こすためだ。
絵里たちの眠る、木陰に近づくと絵里は寝返りを打つ。
その寝顔には、土の汚れがついていた。
髪も少し乱れている。
その姿が壮絶なこの”ゲーム”に参加している事を再認識させ、比呂は唇を噛んだ。



絵里の肩を揺すろうと、手をかけた瞬間、絵里は飛び起きた。
比呂を突き飛ばし、完全に立っていない状態で二歩、後退。
その目は恐怖で焦点が定まっていない。
状況を察するまでに、数秒、絵里の視線はたどたどしく泳ぐ。
見開かれたまま。



やがて、異常のない事を理解し、冷や汗で湿った額を拭いふうっと息をつく。
比呂は先ほど噛んだ唇をさらに強く噛む。



こんな状況で惚れた女を怯えさせたままでいる事に。
自分の力の小ささに。
この不条理な運命に。
クソッタレと怒鳴りつけたかった。
当然、意味の無い行動。
そうしたところで、目が覚めて、夢だった――
という事にはならない。




わかりきっていただけにその悔しさは尚更だった。




「ど、どうしたの・・・? 」
絵里はどもりながら尋ねる。恐怖でその神経は鋭敏になっている。
少し体を触られただけで拒否反応を示す。防衛本能。
そんな自分に動揺していた。




比呂はさっきのノートを見せる。
朋美の死に対してあまりにも無神経な言葉だったとしても、
簡潔に伝える為に必要だと判断した。




絵里は一度、顔を歪ませる。
恐らく、―松本の死体― の行だろう。




しかし、一度目を閉じ、気持ちを閉じ込めてから再び読み進める。
読みきるまで比呂は、綾を起こすように和彦に伝える。
和彦は手を軽く上げ、了解の意思を示す。




絵里の肩越しに、和彦が綾を起こす姿が見える。
綾は静かに起きる。
絵里のように体をびくつかせたりせずに。
きっと、そんな余裕すらなかったのかもしれない。
緊張でずっと体を強張らせていた。
疲れているのだろう。
そう考えながら二人を見つめていた比呂の視線の端に、絵里がノートから目を上げるのが見えた。




「うん・・・。わかった。・・・朋美に・・・お別れも言ってないし・・・。」

語尾が震えた。
目には涙が溜まっている。
そして、それを必死に耐えている。
比呂はかける言葉を見つけられないまま、うつむいた。




比呂にとっても朋美の死は辛い。
こんな状況でもなければ、大粒の涙を流し、大きな声で泣き出していたかもしれない。
和彦や、絵里と同じように大切な仲間だった。
いつもの笑顔を思い出さないように首を振り、立ち上がる。




「さ、行こう。・・・朋美が待ってる。」






絵里が溜まらずに大粒の涙をこぼしたのを、見ないフリをしてディパックをとりに背を向けた。




[残り21人]

 

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