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広志と由布子が約束の場所、G−3に到着したのはすでに朝を通り越した午前10:34。
広志は決して方向音痴ではなかったのだけれど、何の目印も無いこの会場で、
出鱈目に動いてしまったツケは大きかったようだ。
細長い屋根を見つけたのは由布子だった。
広志はそれを確認して大きく溜息をついた。


んだよ・・・。
近くまで来てたんじゃんよ・・・。


何度も行ったり来たりした細い山道の、木々の間に見えるその屋根は、まるで秘境のようにひっそりと存在していた。
位置関係から見ても、細長い”屋根”がG−3に記された赤い印であると確信し、急な斜面を下る。
少しだけ進み、振り返る。
由布子の手を取り、下るのを手伝う。
斜面には枯れた枝や落ち葉がぐちゃぐちゃに入り乱れていた。
土も相当柔らかい。
足をとられないように手を取り合って慎重に下る。
緊張感はさほど張り詰めてはいない。
朝の穏やかな空気がそうさせるのか、疲労で神経が磨耗しているのか、どちらでもいい事だった。
人の気配も、危険の気配も広志には感じられなかった。


斜面を無事下り終えると細長い屋根の正体がわかった。


昔、ニュースか映画かでみた、射撃場ってやつだ


と広志は思い返す。
木の的が、屋根のあるレーンよりいくらかはなれた場所に転々と散乱していた。
使われていない事は一目瞭然。
支柱の錆びや、積もった埃。
なにより、散乱した雑多なモノが雨に打たれ朽ち果てている。


無防備といってもいい動きで、広志は奥に進む。
由布子はその背中を黙ったまま追う。


射撃場の20mほどのレーンを端までいくと、ドアが開け放された、
不自然な小屋が広志の視界に飛び込む。
緩やかな風が、生暖かい匂いを広志の鼻に運ぶ。
なんだか、とても、嫌な匂い。
自然に足は止まる。
嫌な予感が走る。
鼓動は強く鳴る。
まるで、体全体をノックされてるように。


由布子もその異変に気付く。
やはり、嫌な匂いで顔をしかめる。


広志は唾液をごくりと飲み込み、足を一歩前に進める。
そして、また一歩。


人間というものは不思議で、一度も嗅いだことの無い匂いでも、死の香りだけは嗅ぎ沸ける。
それは、DNAに刻まれた遺伝子の記憶なのか、ただ単純に耐えがたい異臭だからなのか、
はっきりとはわからない。
しかし、広志もその例外ではなく理解していた。
これが死の匂いであるということを。


”怖いもの見たさ”に近い心理かもしれなかった。
それ以外に、このときの広志の行動を説明する事は出来ないだろう。


ゆっくりと小屋へ近づく。
古い建物であることは間違いなく、使われていない事も予想できた。
廃屋。
そういう表現でも間違いではないだろう。
その、半分開いたドアのノブに手をかけ、ゆっくりと引く。



薄暗い部屋。


視界に飛び込む。





その光景をはっきりと確認しないうちに、広志はすばやく振り返り、
由布子の視界を遮る。
その、体で。


見せてはいけない。
こんなもの。


そう直感的に感じ、考える間もなく言う。


「見ちゃダメだ・・・。」


抱きしめるような形のまま、広志は顔だけを小屋に戻す。
由布子の体が硬直しているのがはっきりと感じとれた。


大塚圭介がドアの付近で倒れている。
首はぱっくりと割れ、赤い血はその動きを止めそのままに張り付いている。
首輪はなかった。


少し離れた場所に、黒い煤だらけの金属片が見えた。
そして、火薬の匂い。
広志は目を大きく見開く。
目が離せなかった。


「な、何? 」


由布子は震えた声で尋ねる。


「死体・・・だ。」


優しくする余裕などなかった。
広志は見たままに伝える。
由布子の肩がびくっと震えるのがわかった。


広志は圭介の死体を見、首輪が無い事に気付き、嫌な予感を走らせる。
”仲間割れ?”
裕也や、慶は?
まさか、誰かに・・・やられたのか?


由布子の顔を覆ったまま、少し離れた茂みに連れて行く。
そして茂みに身を隠し、広志は由布子に伝える。


「圭介が・・・死んでる。中に・・・慶たちがいるかもしれない。
見てくるから、ここで待ってろ。な? 」


由布子は頷く。震えているせいか、かくかくとした不自然な動きになる。
広志は一人、再び小屋に向かった。


怖いというよりも、確かめたいという気持ちのほうが強く、その異臭に眉をひそめながら進む。
視界に圭介が飛び込む、目を見開いたままぴくりとも動かない。



”慶たちがいるかもしれない”―――死体で。



その予感が当たらない事を祈り、ドアを開け、中に入る。
むせ返るような血の香りが広志の胃を圧迫する。
その視線に横たわるもう一体の死体。


裕也だ。
胸のあたりに赤黒い穴がいくつか開いている。
流れ出す血はもう乾いているのか、どす黒く変色しているように見えた。


すぐさまもう一体を探す。
慶の遺体を。


しかし、小屋に残されたのは裕也と圭介の亡骸だけだった。
直感的に悟る。
信じたくない事実を。
首輪はずしの事故ではない。
裕也の胸には弾痕がある。
首輪は無傷だ。

 

 



誰かが―――殺した。


――ここにはいない、誰かが―――


ここにはいない・・・―――


―――ここにいたはずの・・・。










[残り21人]

 

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