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秋吉栄介。
24歳。
大東亜専守防衛陸軍三等陸尉。
1999年入隊。
極めて優秀というわけではないが、日頃の勤務態度を評価し
2001年度戦闘実験第68番プログラム第18号に抜擢。
西山間部エリア第2班、辰巳陸将の指揮下に配属。
18号プログラム資料より抜粋。
栄介はあまりこの栄転に乗り気ではなかった。
どちらかといえば、のんびりと訓練しながら昇進試験の勉強でもしてるほうが都合がよかった。
もともと、銃や作戦といった”軍っぽいもの”は好きではなかった。
軍隊にはいれば食いっぱぐれない、と聞いたのが兵役を志願したきっかけだし、
防衛大学に入学したきっかけだった。
プログラム。
それが何なのかは、防衛大学で頭に叩き込んでいた。
来るべく米帝との本土決戦に備えた、軍事上必要なシミュレートだと。
もちろんそんなものが大昔のもので、今は軍部の上層部のレクリエーションと、
デモ鎮圧などの作戦演習を兼ねたものだと言う事も、防衛大学の講師から学んだ。
中学生同士のコロシ合いなんて趣味が悪い。
常日頃からそう思っていた。
もちろん口に出したりはしない。
揉め事はたくさんだ。
勉強して上に上がればそれでいい。
給料があがり危険が減る。
どうせ、米帝なんかとの戦争なんかにはなりっこない。
負けが見えた戦争をするほど国もばかじゃない。
そういうふてくされたものの見方しか出来ない男だった。
現在プログラムはこれといった問題もなく進行している。
西エリアのみが早朝から、生徒3名による”首輪解体”のために、2種戦闘配備
――つまりいつでも作戦行動を開始できる一歩手前の段階――にて待機していた。
先ほどの無線連絡によると”首輪解体”は生徒一名の狂言であり、脱走の疑いもない。
とされ、栄介の2班以外は配備を解き、待機所へ戻ったようだ。
じきに、第2班にも撤収命令が下るであろう。
プログラムは4年前の事件以来、若干警備を強化している。
島でのプログラムを廃止し、すべて陸で行う事を決定した。
海上での熱感知装置設置が困難な事、警備にあたる人数、及びコストがかかりすぎる事。
この3点が廃止の理由だ。
関東、東海地方はすべて会場を統一する。
そして富士演習場がその会場に選ばれる。
広い敷地とあらゆる設備、兵士及びその関係備品の輸送の必要のない事、
なにより熱感知機をいちいち設置しなくてもいいと言う点で、相当のコストを抑える事ができるという政府の狙いだ。
現在18号プログラムは、この富士演習場ブロックBで開催されている。
演習場の南西部端のこのエリアは、バランス的にもっとも平均的なエリア。
予想どおり、生徒数も一日半を経過した時点で50%程度に減っている。
こういった会場での陸軍の仕事は、徹底した脱走者壊滅だった。
当然、首輪を装着したままエリア外に出れば首輪のリモート操作により爆発。
しかし、首輪の誤作動がないとは言い切れない。
今年度12号プログラムより首輪のモデルチェンジが行われたばかりで、上は相当ぴりぴりとしていた。
生徒が熱感知装置のついたフェンスに近づけば、10数名の兵士をその近辺に配置。
脱走した場合、爆破。
配置された兵士が死亡確認を行うという段取りだった。
4年前の失敗は繰り返さない。
栄介の無線に撤収命令が下る。
足早に班長に続き、撤収。
3等陸尉といっても栄介には指揮権はない。
防衛大卒のものはみんなこの3等陸尉のポジションからのスタートだ。
いわゆる幹部候補生。
しかもプログラムには精鋭が集まる。
いわゆる特殊部隊並に凄腕が集まるのだ。
3等陸尉などぺーぺーもいいとこ。
肩身の狭い思いをしながら、後数日をここで過ごさなければいけないと思うと気が滅入った。
肩に担いだ銃で人を撃った事は、もちろんない。
当然、誰かが死んでいくのを見たことも、ない。
できればこれからも、見たくはないと願う。
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