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秋也がふうっと息を漏らし、額の汗を拭った。
キーボードから手を離し、近くに置いたジュースの缶を取り上げる。
隆志が簡潔に尋ねる。
「どうだ? 」
秋也は振り向かずに答える。
「rootアカウントはとりました。これで理論上、本部のシステムは手中にあります。」
そして、缶ジュースを一口。
「よし。」と隆志は呟くように告げた。
「これから、通信バンドの周波数帯をコピーします。
―――典子、”鏡”の準備を始めてくれ。」
典子は頷き、キーボードをぱたぱたと叩き始める。
19インチモニターを四つ並べたインターフェースには、
政府本部がモニターしている、現時点での首輪の位置情報と同じものが写し出される。
5秒ごとに切り替わるそのリアルタイム情報は、
マップの上にいくつかの――生徒分のポイントが点滅している。
すでに20ほどのポイントしか残ってはいない。
ポイントの横にはそれぞれ、青と赤の数字が浮かび上がっている。
男子と女子の出席番号だ。
隆志はほぼ無意識に比呂の番号を探す。
青の13。
そのポイントの周辺にあと3つ。
青の19と赤の5。そして赤の14。
19は和。5は絵里ちゃんだ。
と隆志は口に出さずに確認する。
動きはない。
まだ生きている、と少しだけほっとする。
「 ―――千成さん?――聞いてます? 」
秋也の呼びかけに、ふっと我に返る。
指揮官としてあるまじき行為をした事を戒めるように下唇を噛んだ。
「”鏡”は予定通り、北西に動かせばいいんですね? 」
「そうだ。」
隆志は答える。
「熱感知はどうします? 今すぐにでも”鏡”に差し替えられますけど? 」
「いや、まだこのままでいい。一斉に切り替えよう。」
「わかりました。」
秋也は再び、ぱたぱたと一定のリズムでキーボードを叩き始めた。
隆志はもう一度、インターフェースを睨んだ。
そんな隆志に一人の工作員が歩み寄る。
そして、小さな声で告げる。
「来ました。2名です。武装はアサルトライフルと、おそらく手榴弾。
インカムは両方つけてます。」
隆志は頷き答える。
「わかった、武士を呼んでくれ。二人でやる。Aでいくと伝えてくれ。」
工作員は頷くと同時に、奥へすっ飛んでいった。
隆志はオペレーターに指示を出す。
頷くオペレータがキーボードを叩き、インターフェースに大きな赤い文字が点滅を始めた。
WARNING! BE QUIET
武士が足早に駆け寄る。
手にはナイフと、小さなカードのようなものを持っている。
隆志はその姿を確認するとすばやくテントの入り口に待機。
武士はその反対側に立つ。
2名とは―――
政府の巡視員。
このテントを不審に思い、確認を取るつもりだろう。
隆志のインカムに政府の無線が流れる。
音質はクリア。
内容は――特に警戒する必要はないが、責任者に確認をとり報告する事――
と言う事であった。
恐らく、民間の団体であれば放置するようだ。
隆志は、ワークパンツのベルトに巻き付けていたホルダーからアーミーナイフを抜く。
呼吸は一切乱れてはいない。
インターフェースに目をやる。
外の様子が、隠しカメラにより映し出される。
一人の兵士がほぼ、無警戒のままテントに近づく。
外から中の様子を音で探っているようだった。
当然、テント内は無音。
CPUを冷やす為のファンの音がやけにうるさく感じられた。
モニター越しに、一人の巡視員が首をひねる仕草が見えた。
そして、テントをくぐろうとする。
後ろから、駆け足に近い動きでもう一人の巡視員が近づく。
隆志は武士に目配せをし、息を殺す。
テントをくぐった巡視員の首に、その手を巻きつける。
チョークスリーパー。
そしてぐいっと入り口の端に引き寄せる。
同じ動きでもう一人、左右対称の形で武士がその首に両手を巻きつける。
一瞬にして動きを制し、その首にナイフを押し当てる。
声は出せない。
武士は、巡視員の右手に握られたアサルトライフルを蹴り飛ばす。
そして、ナイフの代わりにカードを見せる。
――声を出せば即座に殺す。
異常なしと本部へ伝えろ。――
巡視員は無言のまま頷く、そして武士は少しだけその手の力を緩める。
既に巡視員の周りには隆志と武士、実行部隊4人が取り囲んでいる。
4つの銃口が巡視員を睨みつける。
そこまでが一瞬だった。
まるでビデオの早回しのように。
全ての動きに一切の無駄はなかった。
巡視員は震えながら、インカムのマイクをONにし、告げる。
「こ、こちら、山間部南3エリア。・・・問題のテントは民間のものであり、異常なしかと思われます。・・・以上。」
「ガッ― 了解、通常の位置に戻り、待機 ガッ 以上。 ガッ――」
「・・・了解・・・。」
隆志は頷く。
別段、サインを含んだような言い回しは何も無かった。
政府はあぐらをかいているのだ。
”あの”事件からはもう既に7年が経っている・・・。
隆志はその押し当てたナイフを一気に引く。
同時にサイレンサーつきのアサルトライフルが火を吹く。
二人の巡視員はその場に崩れ落ちた。
即死。
すばやく実行部隊はその死体をビニールのカバーに押し込み、奥へ運ぶ。
その間、テント内には重苦しい空気が流れる。
秋也は改めて、プログラム、いやこの作戦の恐ろしさを思い知る。
隆志はナイフを引く瞬間も、その後も一切の表情を表には出さなかった。
平然と、とは言わないがその行動にためらいはなかった。
インターフェースの赤い文字が消え、再びマップとポイントが表示される。
隆志は血で濡れたそのナイフを自分のワークパンツで拭き取る。
その目は、ぞくりとするほど冷たい光を放っていた。
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