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和彦が口を開く。
朋美の死体があるであろう、F−2ヘ向かう道中だ。
4人は一様に慎重な足取りで進む。
四方に目を凝らし、極力足音を消す。
会話も少なめに、必要最低限のことは何も言わなかった。
その沈黙を破る。


抑えた声で。



「なぁ・・・思いついた事あんだけど・・・。」



比呂は前を見たまま振り向きもせずに「あ? 」と聞き返す。



「比呂パパってよ、もしかして、こうなる事を予想して俺達に仕込んだのか? 」



比呂は一瞬振り返る、表情は変わっていない。



「何を? 」


「サバイバル。」


「アホかっ。」



比呂の一蹴に、和彦は少しだけ気分を悪くする。
一つの可能性として、話してるのに・・・
と気持ちの中で唇を尖らす。



「ゲームに混ぜてくれって言ったの俺たちだろ? それにオヤジ、最初は嫌がってたじゃん。」



「そうだっけ? 」



和彦もその辺はうろ覚えだった。



「やすくんが口利いてくれなきゃ混ぜてくんなかったよ。きっと。」


「あー・・・かも。」


「最初はオマメだったしな。」



和彦は懐かしそうに目を細める。
そしてまるで昔話でもするように新しい疑問をぶつける。



「ってかさ、なんで”あの人たち”はあんな動けんだ? 比呂パパしかり、他のおっさんらも。」



「シラネーヨ。でも、元軍人多かったからな。」


「あ、そか。」


「いわば、プロだぜ? 腐っても鯛だよ。」


「腐った鯛はきっと不味いだろうな。」



比呂は呆れる。いつから魚の話になったんだ? と。



その話を横耳で聞いていた綾が吹き出す。
和彦は得意そうに微笑んだ。
絵里も重い表情ではあったけど、口を少しだけニコリとさせた。
この緊張を和らげようとしているのなら”大したもんだ”と、比呂は思う。
本人にその気がないのは表情からはわかるが・・・。






「和くんは怖くないの? 」


綾が尋ねる。


「怖いよ。すげー怖い。」


「でも、冗談いえるくらい余裕あるね? 」


「惚れた女の前でブルってるのもどうかと思うよ。」


「惚れ・・・た? 」




綾の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。




和彦はいい機会だと思った。
正直な話、いつ死んでもおかしくはない。
サバイバルゲームで慣らしてるとはいえ、当然、実際の殺し合いなどした事はない。
ケンカの経験は人一倍だが、ケンカは相手を殺したりはしない。
相手も殺す気ではない。
つまり、条件としては他の生徒と大して変わらないのだ。
本気で人を殺そうとする相手と一戦を交えたのは、このプログラムが初めてだった。



サバイバルゲームでは味方か、敵だ。
周りにはたくさんの味方がいた。
しかし、今は一人きり。
二人の女子はオマメだ。
守らなきゃいけないという点で、”ハンデ”と呼んでもいいだろう。
周りには敵。
しかも複数。
更には誰が、いつ、どこから、何人で襲ってくるのか。
武器が何なのか。
全くわからない。
その辺のゲリラ戦なんかよりよっぽどタチが悪い。
地雷がないことだけが救いだった。



生き残る確立は低い。
今のうちに、”想い”を伝えておきたいと考えた。



比呂は、話の流れから和彦が想いを告げようとしていることを悟る。
そして、少しだけ歩幅を広げる。
絵里にも目配せをする。
絵里もやはり気付いているらしく、歩幅を広げ比呂に追いつこうとした。



「綾・・・さ・・・。」




「え・・・?」




「もう、気付いてるとは思うけど・・・。」




「・・・。」



綾にはもうその先が想像できた。
和彦は照れて、鼻の頭を掻いている。
ここにきて、”スカートのファスナーが降りてるよ”なんてオチじゃないことはわかった。
気付かぬフリをしながら、続きを待つ。




「俺さ・・・その・・・あれだ。・・・なんだ・・・。アレだ・・・。」




だせぇ。と和彦は思う。
この期に及んでびびってどうする? と。
雰囲気からいって、NOはないはずだ、と、思う。
当然、雰囲気からいってだが。
もし、勘違いなら。
という可能性に、数%もないだろうその可能性にその先を遮られていた。




綾もじれったく思っていた。
答えはもう、用意してある。
綾も雰囲気でわかっていた。
比呂が歩幅を広げ、先を行ったことが確信になる。
こんな状況、ではあったが思いを伝えられて死ぬのと、そうでないのは違う。
綾はじれたまま、続きを待つ。



「あー。その・・・綾、お前・・・好きなオトコいる? 」








じれったい―――




比呂は聞き耳をたてながら、そう思った。
すぱっと言えよ。いつものシモネタみたいに。
と、叱咤激励してやりたかった。
絵里もそう思っているようで、苦笑していた。









 ―――!








綾が答えようとしたとき、比呂の足が止まる。
絵里の肩に手をかけ、すばやく身をかがめる。


その様子を見たのか、和彦も綾の手を掴み身をかがめる。
少しつんのめり、綾は地面に手をついた。


緊張が走る。
浮ついた気持ちに水を掛けられたように。


比呂が右手を上げる。
肘を支点に直角をつくる。
拳は頭と同じ高さ。


”静止”のサイン。


和彦はすばやく、ワルサーを綾に手渡す。
そして、自分のレミントンを体の前で構えた。


直角に立てられた右手の先がひょいひょいと手招く。
”近くに来い”と言うサインだろう。


和彦と綾は低い姿勢のまま、静止している比呂の傍らに移動する。
比呂はとうにべレッタを抜き、安全装置も外していた。


比呂は頷く。
”危険が近い”と言う意味だろう。


和彦は全神経を比呂の視線の先に集める。
ふ、と動く影が見えた。


比呂は動かない。
やり過ごすつもりだ。
和彦も息を潜める。
綾も、絵里も、混乱していたが息を潜めている。


影はゆっくりと右から左に移動していく。
影は男子。




8番 佐藤浩明だ。




ぐったりとした様子で歩く。
しきりに辺りを見渡していた。


武器は・・・比呂達の位置からは分からない。
木々の間にその影がちらちらと見えるだけだった。


不自然な姿勢のまま、5分ほど経過する。
佐藤浩明の姿は完全に見えなくなった。
西へ向かっていた。
重い足取りであった。


比呂は緊張をありったけの溜息で吹き消す。
和彦もふぅと息を漏らした。


そして、周りからは見えにくいであろう低い木が密集する方へ歩く。
絵里も、和彦と綾もそれに続く。


しばらく、その場で時間を潰すつもりであろう。
今、Fー2へ向かえば佐藤浩明を追う形になる。
戦闘はなるべくなら避けるのが吉だ。


うやむやになった告白は、宙にぶらさがったままだった。






[残り21人]

 

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