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―――夕焼けに染まる、教室。
「慶・・・別れよ? 」
始めにそう言い出したは芽衣だ。
想いを告げたのも、芽衣、そして二人の関係に幕を引こうとするのも芽衣だった。
「何故? 」
慶は表情を崩さずに尋ねる。
思い当たる節は見当たらなかった。
夕焼けで染まる、教室のオレンジのなか、二人の影だけが揺れている。
「慶の近くにいると――― 」
芽衣は一度言葉を切る。
呼吸を整えているようだ。
このまま言葉を発し続ければ泣いてしまうのだろう。
呼吸はしゃくりあげるように響く。
「近くにいると、あたしが一番じゃないのがよくわかるから。」
慶には訳が分からなかった。
「芽衣が一番のつもりだけど? 」
「嘘。」
芽衣はそれを否定する。
そして、強い口調で続ける。
「あたしはいつも2番目。1番はサッカーだったり、広志君。」
そんな事はない、と言おうとして芽衣が間違ったことを言っていない事に、慶は気付く。
もともとはじまりは簡単だった。
2年のクラス替え。そして一ヶ月後に行われた席替え。
二人はくじ引きの引き起こす偶然で隣合わせになる。
よく喋る芽衣を、始めは良く思ってはいなかった。
下らない、とさえ思っていた。
それでも日を追うごとに、芽衣のペースにはまっていく自分に気付く。
上手く逆らえない。
上手く突っぱねられない。
気付けば、”仕方が無いな”と言うフレーズで芽衣の思う通りになってしまう。
それでも、慶はそんな自分を嫌いにはならなかった。
むしろ、そんな自分を好きになっていくのが自覚できた。
小さな女の子一人に振り回されてるのも悪くないな、と思う。
二人はそのまま、当然の成り行きのように付き合い出す。
周りの冷やかしは気にならなかった。
なにより、誰かの特別でいる事がとても居心地のいいものだと感じていた。
しかし、いつのまにか歯車は狂っていく。
慶が気付かぬうちに。
少しずつ。
ゆっくりと。
大会が近くなれば、話の話題はサッカーの事ばかり。
たまの練習の休みは広志や、部活のメンバーと遊びに行ってしまう。
夜にかかってくる電話も、疲れと眠さの中で上の空だった。
自分なりに芽衣の事を大切にしていたと慶は思っていた。
それは、他の女子と仲良く接しないことや、二人の関係をオープンにすることで、
その責任を果たしていると自負していた。
慶のその考え方は大きく的を外していた。
とどのつまり、二人に必要だったのは二人だけの時間だったのだ。
サッカーよりも、広志や部活のメンバーよりも、なにより芽衣に時間を割いてやるべきだったのだ。
しかし、結局のところ、慶にとってサッカーや広志たちが芽衣よりも重要だった事実は変えられない。
芽衣の言葉は、要求ではなく、結果なのだ。
それを悟り、慶は口を閉ざす。
芽衣を引き止める言葉は見当たらなかった。
嘘でも、ここで言い訳の一つでもしていれば、二人の未来はまだ続いたかもしれなかった。
しかし、それももう過ぎた事になってしまった。
今では遅すぎるのだ。
そうして、二人はただのクラスメイトに戻り、
芽衣は、”慶”から”慶くん”と呼び名を変え、
慶も”芽衣”とは呼ばずに、”佐々木”と苗字で呼ぶようになった。
そして、それが回りに対する破局のアピールだった。
2年の冬の終わりの事だ。
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