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「おなかすいてる? 」
芽衣はジャムの瓶を振りながら尋ねる。
慶はそれには応えずに質問で返す。
「取り乱したりしないのか? こんな状況で。」
「どうして? なんで取り乱すの? 」
「死ぬかもしれないんだぞ? とういより、殺し合いを強要されているんだぞ? 」
「それは、政府の問題でしょ? あたしはゲームには参加しない。誰も殺さないし、逃げない。」
慶は何も言わずに続きを待つ。
「――いつもどおり、過ごす。笑って、バカやって過ごす。それが政府の最も望まない事でしょ? 」
慶は、自分が”プログラム”に巻き込まれている事を忘れてしまいそうになる不思議な感覚を味わう。
あまりにも芽衣が自然だから。
自分を引き締めるようにグロックを握りなおす。
芽衣に敵意はない。握りなおしたグロックとは裏腹にそれは確信に変わる。
周りに人の気配も無い。
いつの間にか、慶は芽衣のペースにはまっている。
彼女の作り出す自然な雰囲気に呑まれる。
鼓動はいつものようにゆっくりと鳴る。
呼吸の乱れも、喉の渇きも感じられない。
冷静である自分を取り戻したことに気付き、目の前の芽衣をまじまじと見た。
あっけらかんとした表情ではいたが、どことなく寂しさのようなものをまとっている事に気付く。
握りなおしたグロックの感触を感じながら、芽衣もクラスメイトであることを思い出す。
つまり、排除すべき敵―――。
すっと、慶の脳裏にビジョンが浮かぶ。
血だらけのまま、横たわる芽衣。
その目は見開かれ、何も見てはいない。
額には弾痕。
その弾痕からは出来たばかりなのか、硝煙がかすかに昇っている。
まるで、あの”小屋”で慶に撃たれた裕也のように。
「どうしたの? 聞いてる? 人の話。」
芽衣の声がそのビジョンをかき消す。
一瞬、慶の目に、血だらけの芽衣の顔と現実の芽衣の顔が重なって見えた。
ごくりと唾を飲む、うまく呼吸が出来なくなる。
不自然に息を吸い込もうとしても、まるで空気が入ってこない。
目を瞬かせ、我に返る。
呼吸は少しだけ、荒い。
「きーてますかー? 東亜語わかりますかー? 」
芽衣はぶーたれた顔で質問を繰り返す。
「――あ、あぁ。聞いてるよ。」
整った呼吸がまた、わずかに乱れる。
「嘘。いつもそうやってごまかす。だませると思ってんの? 」
「なんだ?・・・。」
視線が泳ぐ。
「はじめから、そう聞きな? 素直じゃないんだから。」
見透かされてるのか?、と心臓を締め上げる。
「慶くんは? どうしてここに?」
慶は少しだけほっとする。質問――慶にとって聞かれたくない事には触れてはいない。
「いや、昨日の夜までここに・・・いたんだ。」
冷静を装い、答える。
「え? そうなんだ。コレ用意したの慶くん? 」
芽衣は木箱のテーブルを指差す。
「そうだよ。」
「に、しては数多くない? 誰かいたの?」
口が開く。無意識に。
その表情が芽衣に伝わったかはわからなかった。
体の前で組んだ”手”を見る。
芽衣の目を見ることは出来なかった。
「いや、 ―――サッカー部の連中を集めようとしたんだ・・・。誰も来なかったけどな。」
慶は嘘をつく。
誰かいたと言えば、その誰かがドコで何してるのかと尋ねられる。
それはまずいと直感的に悟る。
何故まずいのか、その答えを求めようとはしなかった。
そんな余裕もなかった。
ただ、芽衣のその純粋さの前で、獣のような自分を見せたくはないと願う。
出来れば、冷静な自分のままでいたい。
芽衣の前でだけは。
「・・・ふーん・・・。また、広志君か・・・。」
「・・・。」
いつもの嫉妬を含んだ言い回し。
「あたしの事は数に入ってないの? 」
刺すような問いかけ。
「悪い・・・。」
慶は正直に話す。
平静を装っているだけで手一杯だった。
芽衣は一瞬泣きそうになるのをぐっと堪える。
「そうだよね? あたし達もう関係ないんだもんね。」
皮肉っぽく聞こえたろうな、と、芽衣は言ってから後悔する。
それは慶に向けた言葉ではなく、自分に向けたものだった。
自分に向けた自嘲の言葉。
慶とは終ったのだと確認するための言葉。
「やめよ。―――ね、なんか話して? 」
芽衣はまるで現実を直視しようとはしない。
ゲームに参加しない。
それはある意味で逃避となんら変わらない。
それでも、慶にはそれが”芽衣らしい”と感じていた。
そして、その”芽衣らしさ”に憧れさえも抱く。
と、同時に自分の汚い面が浮き彫りにされていく事に嫌悪していた。
「話―――って? 」
このまま、芽衣と、自然な空気のなかで、なにもかも忘れたいと願う。
”あの小屋”のことも、”あの独房”でのシナリオのことも。
そして、血で汚れた自分のその手のことも。
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