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――あたしを殺してもいいよ――
芽衣の言葉が、慶の鼓膜を揺らした。
芽衣は知っていたのだ。
慶がすでに誰かを殺めてしまった事を。
なんとなくではあるが、確信があった。
芽衣は、あっけらかんとした口調の中にさまざまなトラップを仕掛けた。
慶の癖を知っていたからだ。
キレイにサヨナラしたい。
2年の最後の”あの時”も芽衣はそう願っていた。
大好きな人だから、キレイに別れたい。
そう願っていた。
そして、今も。
このプログラムの中、慶に会えたことは本当に偶然だった。
女の勘なのか、運命なのか、自然にこの格納庫に訪れ、自然に慶と会えると確信していた。
理屈ではなかった。
そして、慶は現われた。
芽衣は驚かなかった。
それが、必然であると改めて確信しただけだった。
慶に撃たれて、死ぬ。
それが芽衣の書き上げたシナリオだ。
慶は気付く。
全て、知っているのだと。
いつもそうだった。
慶の嘘は、必ず芽衣にだけはばれる。
だから、なるべく正直にいようと心がけた。
嘘をついたとき、必ず芽衣は寂しそうに笑う、
その笑顔は、慶にとって騙した事を咎められるよりも辛い事だった。
慶の気持ちが交錯する。
このプログラムに生き残るため、全ての感情を捨てたつもりだった。
非情になりきっていたはずだった。
感情が揺さぶられる。
殺さなければいけないクラスメイトを前に、その殺意を閉じ込める。
殺したくはない。
もう失いたくはない。
そう、思う。
!
突如、格納庫の唯一の出入り口、正面のゲートの隅にある小さなドアが音を立てた。
何の脈略もなく。
文字通り、突然。
その音はまるでゴングのように、格納庫のだだっ広い空間に響く。
慶は全ての思考を止め、反射的に振り向き、同時にグロックを掲げる。
敵――。
照準をすばやくドアへ合わせる。
目標は――――加藤忠正。
だらりと垂らしたその右手には銃が握られている。
にやりと笑い、一言。
「ベイベェ・・・探したよぉ・・・。」
言い終わると同時に銃を撃つ。
ガァン。
音が響く前に、慶の目の前の一斗缶が弾け飛ぶ。
すぐさま第2撃。
今度は木箱に風穴が開く。
「芽衣っ!伏せろ。」
そう言い放ち、慶は左へ動く。
忠正の照準は慶を追う。
よし、と慶は唇をなめた。
「芽衣っ。逃げろっ。俺が引き付ける。」
「逃げるってどこへ?!」
的を得た、すばらしい質問。
そう、敵は唯一の出入り口の前で銃を構えている。
慶はそれには答えずにグロックの引き金を絞る。
っガン!
ドアの右上端に火花が飛ぶ。
被弾なし。
忠正は一瞬体をかがめるが、体制を崩した状態で発砲。
慶の右頬の脇を風が突き抜ける。
一瞬送れて響く、銃声。
距離約20メートル。
そうそう簡単に当たる距離じゃない。
慶は忠正の銃に注目する。
黒い、オーソドックスな形。
いわゆる拳銃。
リボルバーであれば装弾数は6発と読めるが、
さすがに銃の形状だけで装弾数を割り出せるほど慶に銃の知識はない。
舌打ちをつきながら自分の弾数を数える。
まだ2発。
残りは13発。
10発の間に動きを止めたい。
そう考える。
どこでもいい、なるべく広い部分――胸だ。胸を狙え。
ガンッ
発砲するたびに手の中のグロックは、まるで生き物のようにびくんと動く。
忠正は再び体をかがめる、目の前のコンクリートの床に火花が散り、チュンっと音が響く。
忠正はにやりと笑うと、続けざまに4発発砲。
マガジン内の弾を打ち切る。
慶の足元に一つ、火花。
その耳のそばをひとつ、風が抜ける。
そして三つ目の銃弾が見事に慶のグロックを弾く。
右手に尋常ではない、しびれるような衝撃。
右掌粉砕骨折。
親指欠損。
人差し指、中指、脱臼。
回転しながら後ろに滑っていく、グロックが見えた。
すばやく間を詰める忠正。
慶はその右手の痛みと、絶望的な状況にへなへなと崩れ落ちた。
忠正はにやりと引きつるその口を、さらに歪ませながら銃口を慶の額に押し付ける。
「チェックメイトっ☆」
慶は目を閉じる。
もう、お終いだった。
「なんてねっ。」
忠正は舌を出し、上着の左のポケットからマガジンを取り出す。
「弾切れでしたーっ。」
そういいながらぎこちない手で、マガジンを排出、新しいマガジンを装填した。
一瞬生き長らえた慶は芽衣を見る。
まだ、元の場所で腰を抜かしていた。
逃げろ―――と、伝えたかったが、声が出せなかった。
痛みで今にも意識が飛んでいきそうだった。
視界が霞む―――
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