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慶の頭が真っ白になる。
怒りも、悲しみも、痛みも、恐怖も、どれがどれだか分からなくなる。
ただ、反射的に左足を振り上げた。
狙いを忠正の右膝に合わせる。
いわゆる前蹴り。
即部から、関節が本来曲がるべきでない方向へ踏みつけるように蹴る。
グシャという嫌な音が格納庫に響いた。
忠正はまだ芽衣の方を向いたまま叫ぶ。
「がぁぁっあぁっ!!」
右膝十字靭帯断裂。
忠正は出鱈目に慶のいる右方向へ、銃を発砲する。
ガンッ
ガァンッ
慶はそれを身を低くし、かわす。
低い姿勢のまま忠正の懐に飛び込み、忠正の開いた足の間に右足を割り込ませ、そのまま右膝を突き上げる。
金的
グシャという音が、今度は忠正の体の中に響く。
忠正の体はよろりと、後ろへ倒れこみそうになる。
強烈な股間の痛みで足に力は入らない。
慶は左手でその胸倉をつかみ、グンと引き寄せる。
忠正の頭ががくんと揺れ、上体と一瞬遅れたタイミングで引き寄せられる。
迎えるのは慶の額。
ヘディング。
慶の額は丁度、忠正の鼻骨に当たる。
三度グシャという音。
鼻骨粉砕骨折。
「ふぎゃっあぁぁ!」
忠正は慶の体をめちゃくちゃに突き飛ばす。
慶は支えることもできないまま、バランスを崩す。
背中からゆっくりと倒れながら、 その目は忠正の右手に握られたブローニングをにらみつける。
足を突っ張らずに、そのまま上体の動きに合わせ、左肩を体の下にひねりこむ。
腰もその動きに追いつける。
体をひねりながら、右足を振り上げる。
狙いはブローニング。
倒れこみながらも振り切る。
ハイボレー。
忠正の右手に衝撃。
ブローニングはその手を離れ、カラカラとコンクリートの地面を走る。
回転しながら。
慶が体をひねりながら腹ばいに倒れると、今度は忠正の蹴りが飛ぶ。
がら空きの腹を思い切り蹴り上げる。
慶の呼吸が止まる。
息を吸い込むことが出来なくなる。
忠正は弾かれたブローニングを探す。
潰された鼻からはだらだらと赤い血が流れている。
2メートル先にブローニングを見つけ、それを拾うため一歩右足を前に出す。
金的のせいでその動きはぶるぶると震えていた。
慶はそれを見逃さずに、屈めた体を目一杯伸ばし、右足を忠正の右足と左足の間に滑り込ませる。
当然、左足を前に出そうとした忠正は慶の右足につまづき、転倒。
慶はすばやく立ち上がり、倒れた忠正の顔を蹴る。
ガン。
忠正の首が体の後方へ弾かれる。
今度は、その頭を右足で踏みつける。
忠正の頭は右足の衝撃に弾かれ、コンクリートに思い切りあたり、弾む。
慶は更にそれを右足で蹴り上げる。
忠正の右目から出血。
一度、攻撃を休め、右足を引く。
左足を忠正の頭のすぐ横に合わせ、踏み込む。
右足で忠正の頭を蹴る。
インサイドキック。
慶は特大のフェードのつもりで蹴り上げた。
忠正の顔は盛大に後ろへ吹っ飛ぶ。
頚椎損傷。
忠正は体をびくつかせながら、その動きを止めた。
首はあさっての方向へ曲がったまま、びくんと2度、はねる。
慶は弾かれたブローニングを拾い、忠正の頭に照準を合わせた。
そしてためらう事なくその引き金を引く。
前置きも、なにもなかった。
ただ、引き金を引く。
ガァンッ。
忠正の頭の下のコンクリートに赤い血しぶきが花火のように広がった。
加藤忠正、頭部被弾。即死。
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