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「芽衣っ!」
慶は芽衣の体を抱き起こす。
そして、大きな声で呼びかける。
「芽衣っ・・・しっかりしろ。生きてるのかっ?!」
芽衣はゆっくりと目を開く。
「っ・・・慶・・・。・・・慶・・・。」
か細い声で慶の名前を呼ぶ、その体は小刻みに震えている。
慶はすばやく芽衣の被弾した場所を探す。
腹部、と右胸。
もう、助からない事は考えないでもはっきりと分かる。
それでも慶は”大丈夫か?”と尋ねる。
芽衣はそれには答えずに微笑む。
口の端から血がにじみ出た。
呼吸する事も困難なようで、腹筋は突っ張ったままだった。
「芽衣、大丈夫だ。死なない。大丈夫だっ。」
慶は嘘をつく。普段の慶ならばそれを失笑するだろう。
こんな傷を受けて、死を目前としてる者に対して、そんな慰めが何になるのか?と。
慶は後悔する。
これほど芽衣を失いたくないと思うとは、夢にも思わなかった。
あの時、額に銃口を押し当てられた時、諦めなければ。
芽衣は撃たれずに、忠正だけを排除できただろうと思う。
しかし、全ては過ぎた事だった。
人は何かを失う時に願う。
時間を戻したいと。
それが決して、叶わぬとしても。
「芽衣、大丈夫だ。お前は死なない。」
芽衣は微笑む。
「・・・今の嘘は信じたいな・・・。」
「芽衣・・・。」
どんどんと芽衣の目から輝きが失われていく。
呼吸も浅くなっていくのがわかる。
「・・・慶・・・さっきの・・・なん・・だけど―――。っ・・・」
「さっきの? なんだ? さっきのって? 」
慶は必死に顔を近づける。
もう芽衣は大きな声では喋れない。
生命の火は死の風に舞い踊らされている。
「さっきの・・・聞きかけた事・・・っ。」
「なんだ? なんでも答えてやるっ。なんだ? 」
「慶・・・あたしの事・・・好きで・・・い・・・てくれた? 」
慶はためらわずに答える。
「あぁ。好きだよ。今でも。あの時も。ずっと・・・。」
「へへ・・・嘘つき・・・―――で・・・も・・・嬉し・・・よ・・・。」
慶は何も言わずに目に溜まった涙を落とす。
「嘘じゃない。これだけは信じろ。」
芽衣は微笑む。
呼吸はほとんど機能してはいない。
ゆっくりと口を開く。肺にはまだ一言分の酸素がある。
―あたしも好きだよ。―
しかし、芽衣にそれを言葉に、音にする事はできなかった。
生命のカウントダウンはとうに0を宣告していた。
芽衣は慶に対する想いを胸に、永遠の眠りにつく。
慶の腕に抱かれて。
佐々木芽衣―――右胸部、左腹部被弾。臓器損壊により、死亡。
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