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例年のプログラムでは定時放送には必ず音楽をつけている。
特に政府が取り決めたわけではない。
分厚いプログラムの資料にも一切触れられてはいない。
100%担当官の趣味。
ある者はクラシック。
またある者はダンスポップ。
面白いところで担当官自らが演奏する、なんてプログラムもあった。
2001年度18号プログラム担当の坂本龍一は、この定時放送に一切の音楽を使用していない。
理由は無い。
音楽をかける必然性を見つけられないだけだった。
ひどく無機質な男。
それが坂本龍一を語る上でもっとも重要な事だった。
正午。
富士演習場にノイズが響き渡る。
坂本は実務をこなすために死亡した生徒を読み上げる。
野口順平
岩崎美穂
上村未央
木村加代子
大塚圭介
高野裕也
コメントも何もなし。
ただ、名前を並べ伝える。
情報。
スピーカーからはそれだけが流れる。
そして、禁止エリア。
順当に進んでいる事から、禁止エリアは通常どおり2時間に1つ。
14時よりA−6。
16時よりI−1。
18時よりC−3。
実務が終れば、貼り付けたような”がんばって下さい”でしめる。
簡素で、殺風景な、退屈な放送。
坂本はマイクをオフにし、雑に机の上に置く。
ゴトリと大きな音を立てたが、振り向くものは誰もいなかった。
普通ならば、死亡した生徒の資料をまとめたりとなにかと忙しいはずの担当官だが、
坂本はそういった事務的な仕事を一些拒む。
もともとが、大学教授。
この担当官というのは副業のようなものだった。
今回もたまたまお呼びがかかっただけで、政府の人手不足は深刻なものらしい。
本来ならば同じ演習場で行われる69番プログラムを担当するはずだったが、
理由は明かされずに外され通常プログラム68番18号を任せられた。
終始機嫌が悪いのは、そのせいだ。
堀田篤がそんな坂本に声をかける。
眉間にはしわがより、脇の下には脂汗を浮かべている。
言いにくい事を言わなければいけない、といった表情。
手には何枚かの書類が握られている。
「教授、ちょっと・・・よろしいですか? 」
坂本は事務イスをくるりと回し、堀田の浅黒い顔を睨みつけた。
「なにかね? 」
堀田は額に浮かび上がりそうな汗を感じながら、書類を渡す。
言い難そうな必死な顔を、笑顔でごまかしながら。
「上層部のほうで、”本プログラムの支給武器比重が銃に偏っていないか? ”
との問い合わせがありまして。その、ご説明を願えれば、と。」
坂本はぱらぱらとその書類を捲り、ざっと目を通すとマイク同様机の上に投げる。
腕を組みながら溜息を一つ吐き、堀田に伝える。
「特に理由はない。銃が多いプログラムのデータだって必要であるという判断だよ。」
本心としてはさっさと終らせて帰りたい、という心境だった。
楽しみにしていた丸木一裕はただの無口な殺戮者となり、
千成比呂もいまだ目立った行動はしていない。
大学の研究室に置いてきた”実験”の方へ感心は向いてしまっている。
堀田はその答えを聞くと、”それで報告してよろしいですか? ”と尋ねる。
坂本は返事もせずに背中を見せた。
この男が担当官でなければ、とっくに堀田は銃を抜いていただろう。
あまりにも粗雑な対応に堀田も、他の兵士達も神経を尖らせていた。
しかし、階級は絶対。
この作戦において、担当官は指揮官。
つまり逆らえるのは、東京の本部であぐらをかいてこの”レース”をながめている上層部だけだった。
堀田は中間管理職の辛さをかみ締めながら、坂本の下を後にする。
きりきりと痛む胃を抑えながら、胃薬を飲まなければと考えた。
その表情に苦虫を潰したような、坂本への敵意を見せながら。
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