cherry blossoms day

kayoko + mio + rio + yuta = episode

02

 


 今年も一緒か・・・と加代子は、体育館と東校舎を結ぶ渡り廊下の壁に貼り付けられた、クラス表をみつめつぶやいた。加代子のとなりには見慣れた”上村未央”の名前があった。これで三年目。喜びと、うんざりしたような気持ちが入り混じった溜息をつく。

 「かよぉ!」

 聞きなれた、甲高く、甘ったるい声が響く。今日もきゃぴきゃぴと元気をそこらじゅうに撒き散らしていた。

 「何組だった?」
 「3組。あんたも一緒。」
 「嘘ーvvもう、はなれられない関係だねvv」

 うれしそうに騒ぐ未央を見て、加代子は苦笑した。”かわいくてしょうがない”というよりは、うっとおしくてしょうがなかった。嫌いなわけじゃなかった。むしろ未央と一緒にいる時間を、加代子は必要としていたし、大切にしていた。それでも未央の”女の子らしい”仕草や言葉遣い、振る舞いが少しだけ加代子の劣等感をあおる。出逢った時から感じているのではなく、ここ最近、急激にそう感じるようになっていた。それが少しだけ、うっとおしく感じているのは俗にいう反抗期に近い物なのかもしれないと、加代子は考えていた。

 「教室いかないの?」
 
 小首を傾げ、上目遣いでそう尋ねる未央の声に我に返り、うなづいた。



 教室に入ると、まだ人はまばらで、どことなく親密であり緊張した、言いようもない雰囲気が漂っていた。とりあえず、黒板に記された席順どおりに廊下側の席に荷物を置く。黒板には担任の名前と副担任の名前が白いチョークで書かれている。





 「担任・・・竹内だって・・・。」
 
 新しい席に頬杖をつきながら、ぼそりと加代子はつぶやく。

 「あーラガーマン?」

 未央はなにやらごそごそとカバンをいじりながらそう答える。今日は髪の毛を横で縛っているせいか、いつもより子供っぽく見えた。

 「あれ?あれ?」

 未央は困ったようにカバンをまさぐる。少し焦っているように見えた。

 「忘れ物?」

 「手紙ぃ。かよに書いてきたのにー。ちゃんとした便箋に入れたんだよー。3年のいっちばん最初のやつだからぁ。」

 「ふーん。」



 加代子は無愛想に答える。手紙なんか書かなくても会ってる時に直接いえばいいだろうが。と、思っていた。合理的なものの考え方が加代子をオトナっぽく見せると同時に、女の子っぽさも損なっていた。そしてその対極にいるのが未央だった。お互いがお互いにないものを求めているのだ、と加代子は未央と仲のよい理由を解釈していた。しかし、結局のところそんな難しい事ではなく、ウマがあっただけなのだが。



 不意に教室の前のドアが開く。そこに立っていたのは未央の双子のお兄さん、上村理央だった。理央は手になにやら紙切れをぶら下げている。未央がその存在に気づくと飛び上がって喜んだ。どうやら理央が未央の忘れてきた手紙を持ってきてくれたらしい。未央は必死に中を見なかったか?と理央に詰問するが、理央は表情をかえずに面倒くさそうに首を横にふった。立ち去る直前に、理央はふと加代子と目を合わせる。少し照れたような笑顔で、すっと手を上げて挨拶した。加代子も戸惑いながら手を上げた。顔が真っ赤になっていたのを隠そうとした笑顔は、引きつって見えたかもしれない、と加代子は思った。




 中学に入ってからは未央の家に遊びに行ってもあまり、というか全く話さなくなっていた。小学生のコロは三人でいっつも遊んでいたのだが、思春期の難しいところだろうか、理央は未央と一緒にいることを避けるようになった。当然、加代子とも疎遠になっていったが、こういう風にときたま会うとよそよそしい挨拶をした。気恥ずかしさをなんとなくこそばゆく感じながら、なぜか胸が高鳴っていた。




 未央に手紙を渡されると、家に帰ってから読んで、と告げられた。どうせ中身は理央の悪口と、素敵な恋がしたいという内容であると予想した。ここ最近、未央は映画の影響で恋愛にひたすら憧れていた。そしてどんなシチュエーションで、どんな素敵な男の人に、どんなふうに思いを告げられて云々がいつも手紙に切々と書き記されいる。小説でも出せば?といいたくなるような文章量だったが、加代子はあまり文句をいわずに暇つぶしにそれを読んでいた。若干、楽しみになり始めているというのも否定できないだろう。いつもより丁寧に便箋に入れられた”理想の恋愛”を手で弄んでいると、背中から”おはよう”と言う声が聞こえた。



 振り向くと武士沢雄太がニコニコと立っていた。

 「おはよー♪」

 未央は元気な返事を返す。

 「おはよ。」

 加代子は無愛想に返す。

 「また一緒だね。」

 雄太はにこやかに投げかける。

 「うん♪」




 元気な返事をする未央を見つめながら、加代子は右手でついていた頬杖を左手に代える。あまり話しをしたくないな、と思った。このちょっと中性的なかわいい顔の男子を加代子は好きになれないでいた。加代子の好みとしては、どちらかというと男らしい、ちょっと汗臭い感じが良かった。もちろん、本当に汗臭いのは困るが。加代子が憂鬱な気持ちでボーっとしている間に二人は昨日のテレビの話で盛り上がりだしていた。どうでもいいような話だったし、なにより武士沢と未央のきゃぴきゃぴとした会話は耳にうるさかった。




 ふと、理央のクラスが気になった。未央と理央が双子でいる限り、公立の学校で同じクラスはありえない。どういう理由かはわからなかったが、それが常識だった。私立などの成績別にクラスを振り分ける学校などはありえるかもしれないが、公立で双子が同じクラスになったという話は聞いたことがない。

 何組になったのかな?

 その疑問はふと浮かんだまま、静かに消えていった。なんとなく、友達の兄弟に特別な感情を持つことを素敵な事だとは思わなかった。むしろ、イケナイ事のように感じていた。無意識に避けていた。俗にいう禁断の恋とか言うやつに、胸をドキドキさせたりはしなかった。理央への気持ちはもっと単純な”情”のようなモノだと思い込んでいた。


 それが恋心だと気付くには、まだ加代子は幼すぎた。
 きっともう少し時間が必要だろう。








 少なくとも、6月12日には間に合わない。

 

 


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